第24話  行儀作法の書

 精把乱はクッキーを盛った皿とオレンジのジュースをテーブルの上に置いた。


「これがオレンジのジュースなのですね。飲んでもいいですか」


 と訊ねると精把乱は頷く、


「初めて飲むのでゆっくり飲みます」


 精把乱は行儀作法の本を膝に乗せて硬い表紙を開いた。


「では、隆様、始めますよ。神は崇拝すべきもので尊い存在として敬意を払うこと」


「精把乱、神とは」


 クッキーを少しかじった。


「美味しい」


「美味しいですか、たくさん焼きましたからね。たくさん食べてくださいね」


「はい、神とは?」


「はい、神とは龍神龍王把懿乱りゅうじんりゅうおうばいろん様の事。崇拝するとは崇めるという事です」


「あがめるってなんですか」


「崇めるとは、ですね」


「大切にするということです」


「どのように大切にするのですか」


「どのように……そうですね。隆様は怜様を大切に思っておいでですか」


「はい、母さんはとても大切な母さんです」


「それと同じでございます。ふうー」


 精把乱のブロッコリー頭の半分が元気を無くして萎んでいる。


「龍神龍王バイロンってなんですか」


「龍神龍王バイロンとは、ガラバナとダグラナの森の神様です」


「龍神龍王バイロンという神様を大切にするということですね」


「はい、そうです」


 精把乱は一行の説明に既に疲れてしまった。まだ読み始めたばかりであるが、早々に根を上げてしまいそうだ。


「それと、けいいをはらうとはどういうことですか」


「敬意を払うとは……相手に対する尊敬の気持ち、話し方、行動などで表現すること」


「尊敬はわかります。気持ちと行動はどのようにすれば良いのですか」


「うーん、うーん、そうですーね。どのように、どのように行動……」


 精把乱はソファに横になった。


「精把乱?大丈夫ですか」


「どう説明したら良いのでしょうか」


「ぼくも難しくて、もう疲れました」


 二人は死んだようにソファに寝転んだ。

しばらくして銀月梠が部屋から隆と精把乱の座るソファまでやってきた。


「どうしたんだ。精把乱、お前の頭の枝葉が全て萎んでおるぞ」


 ぐったりとソファに項垂れ目を閉じている精把乱は起き上がろうとするが身体に力が入らず倒れたままだ。頭を使い過ぎで葉が枯れかけている。


「銀月梠様、読んで訊かせるだけなら、なんともないと思っておりましたが、意味を考えながら伝える事は大変でございます。説明しながら一冊読むのは至難の業でございます」


 隆もソファに寝転び疲れた表情をしている。


「隆には少し難し過ぎたか」


「おじさん、全然意味がわかりません」


「そのようだな。難し過ぎたか、あははは」


 銀月梠は愉しげに笑いながら部屋に戻っていく、二人は部屋に戻っていく銀月梠の背中を見送っていると、


「精把乱、私にも紅茶とクッキーを持ってきてくれ」


「はい……銀月梠様」


 二人は起き上がり顔を見合わせ口をすぼめた。


「おじさん、笑ってましたね。ぼくに意地悪したのですか」


「意地悪をされる銀月梠様ではありませんが、笑っておられましたね。隆様がいらしてから銀月梠様は愉しそうです」


 精把乱はテーブルに手をついてやっとの思いで起き上がると台所へ入って行った。隆は起き上がって行儀作法の書の難い表紙を閉じてまた横になって目を閉じた。








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