29
「オーケー。全員いるわね。装備の紛失は」
リン早口で目配せ=陽気な筋肉野郎たちは一転、獲物を狩る肉食獣のような目つきに変わっていた。
「予定通りAチームはFR5ドアから船員の救出。セーフルームの解除コードは
「隊長、チーム分けなんだが、ちょっといいか」
ケン=ただでさえ雪男のような体躯+
「何? 意見具申なら短く」
「俺がAチームを率いる。Bチームはニシさんと佐藤女史、あと隊長の3人でどうだ」
「Bが少な……ううん、少ないけど戦力が偏りすぎでしょ。Bチームに
思わずカナと目があった=そういう例えは気に食わない。
「あの触手が魔導機関に起因するなら最大戦力を投入したほうがいいだろう。それに救出対象が多い以上、Aチームは人数が多いほうがいい。なーに、大丈夫だ。俺だって小隊指揮ぐらいできるさ」
リンは何か言い返そうと、モゴモゴ口を動かしていたが諦めた。バンバンバン=3回 ケンの
「任せたわよ。死者を出したら容赦しないんだから」
「ああ、わかってるさ」
ケンは第1小隊と第2小隊の隊員にハンドサインを送る。無言のまま/まるでひとつの生き物のようにぞろぞろと動いて甲板の下へ消えた。
「さ、あたしたちも行くわよ」リンは
百戦錬磨の兵士のいらえ/おちょくれる隙きもない。
左舷後部ドアを開ける/侵入した。
艦内は意外にも電気がまだ生きていた。LEDの白い照明が点々と廊下の奥まで続く。壁や床に粘液の乾いた跡が光っているが魔導生物の姿はなかった。
「ふたりとも、距離をとって。近づきすぎず離れすぎつ、互いをフォローしあえる位置を保って」
リンの横顔/戦士の横顔。ふだんこそ掴みどころのない人物/でも仕事のときの横顔は好きだった。どちらが本当の彼女の姿なのだろうか。
「船って聞いたから、もっと狭いと思ったんだが。まるで普通のビルみたいだ。カグツチでも歩けそうだ。壁や床も……これはコンクリートか?」
「あたしも。その違和感はあった。なんだろう、嘉手納の地下みたいな。あいや、今のは無し。機密だった」
リンは二人の先頭をよどみなく歩く。武器をライフルから拳銃&電撃警棒に換えて警戒しつつも足取りは速かった。
「普通の船なら、転覆するわね」カナの解説「魔導機関で推進機と船殻の強化をしているらしいけど、この分だと浮力や復元性も魔導で誤魔化しているかもしれない」
「難しい話なら、結論だけ言ってくれると助かるんだが」
ニシ=ねっからの文系人間。
「船の浮く仕組みはわかる?」
「底が平らだから浮くんだろ?」
カナ=頭を抱えて「まあとにかく。船の大きさに対して重さの限界があるの。海を航行するならバランスも大切。魔導でそういう基本的な物理法則を無視しているってこと」
「じゃあ、魔導機関を破壊したら、船が沈むんじゃないのか?」
チラリ=リンもこっちを目の端で見てくる。
「あーまぁ、たしかにそうね。排水量にもよるけど、いきなり沈むことはないかも。ただ擱座した場合、アメリカまで曳航するのは無理かも」
なるほど=魔導機関の破壊命令はすなわち船を放棄するということか。
ガチャリ。先頭のリンが床のメンテナンス通路を開けた。直角に近いはしごが伸びて下の階へ直接行くことができる。
「さて。ここから本番みたいね」
にわかに鼻をつくアンモニアと海水の臭いが混じって漂ってきた。覗き込んだ先=粘液まみれの魔導生物が床や壁に張り付いている。床には膝丈くらい高さまで海水が溜まっている。
「うへぇ、キモい」リンは顔をしかめた。「水は浅くても歩くときの抵抗になる。普段の半分の動きしかできなくなるから注意して。って魔法使いには関係ないか」
「私達は
カナはなおも冷静に/しかし眉間にはシワが寄っている。
「行くしかないだろう」
ニシ=高速詠唱。声なき声を唱えた。
階下へ着地/同時に水銀色の鎌・鉈・槍の鉾を召喚/それぞれが意思を持ったように乱舞=魔導生物を一斉に切り結ぶ。
強化された動体視力で視た=半身になって体をそらす/すぐ鼻先を大木ほどある触手が突貫してきた。
鋭く尖った触手は通路突き当りの壁を穿って止まった/そのすきに水銀色の
「フッーやるねーさすがニシ」
水音を立てて、リンとカナも降りてきた。
「私だって、これくらいできるんだから」
おいおい、今更に対抗意識か。
「はいはい、痴話喧嘩は後にして。通信状況が悪くなってきたからケンと本部に連絡入れる。ふたりは周囲の警戒をしてて」
カナに目配せ/通路の両側をお互いに警戒する。通路はコの字になっているせいで魔導生物の出現が予測できない。
「カナ、今更なんだが、俺達のどちらかが優れているってことはないと思うんだけど」
しかし返事を聞く前に新手=触手×3。大きいのと小さいのが2本。
動きは早い/マナで強化された生き物。
しかし軟い/所詮は生き物だ。魔導障壁をもつ怪異とは比較できないくらい弱い。
ニシ=仁王立ちのまま/腕の魔導陣がひとつ消える=召喚。
通路の壁/床/天井に小径の魔導陣が生じる=その中心から銛が噴出。さながら魔導の捕鯨のように。
魔導生物の触手はマナを帯びた銛が剣山のように突き刺さり事切れた。
「カナ、そっちはどうだ?」
背後=ジュウジュウと真っ黒に焦げた肉塊が湯気を立てていた。
「余裕よ。当たり前でしょ」
「知ってるよ。さっきの話だが、どちらも優れているし、お互いに無い長所があるんだ。だから協力すればいい。それだけのことだ。俺だって、カナは素晴らしい魔導士だと思ってる──ってなんでそんな怖い顔をしてるんだ」
「
カナのポニーテールがブンブン揺れている。そんなことはあると思うのだが。
リン=ぼぉとカナを見て「良かったね」
「
まだポニーテールがブンブン揺れている=どういう意味だろうか。
「オーケー。ケンたちに連絡ができた。あっちは順調っぽい。タコのお化けもあまりいないみたいでむしろ不満だってさ」
「かといって、こっちに来てたら大変だっただろう。魔導機関はまだまだ下の階だろ?」
「うん。あと4層下。貨物区画を落下すれば最短で着くはず」
リン=ハンドサイン。ライフルを構える/セーフティ・オフ/コッキングを引いて薬室に装填=戦う気満々。右足を一歩 踏み出した。
「ドワッ!」
振動が揺れに変わって、そして床が裂けた。リンの右足のすぐ横で、床を突き抜けて触手が飛び出してきた。先端に骨のような突起がありそれで突き破ってきたらしい。
魔導生物は怪異のような気配を感じない/ある意味で侮れない存在。
リン=一歩下がって冷静に照準をあわせる/外すわけのない距離。
触手の体表が波打つ=薄い横筋が見え、それぞれが開いた=開眼。タコのような瞳孔の眼が8つ 現れた/一斉にリンを見る。
「キモいっての!」
リンは無意識に一歩下がった/しかしコケた。膝が崩れ落ちるようにして倒れた。
バシャーン:水しぶきが上がる。
妙だった。リンが起き上がらない。腕をバタバタして暴れているが起き上がろうとしない。
すかさずカナが水を跳ね飛ばしながら滑り込む/触手が鋭い先端をリンに突き立てようとする=ほぼ同時だった。
カナが魔導障壁を展開=五角形状の魔導障壁が隙間なく並び攻撃を防ぐ。
「ニシっ!
高速詠唱。声なき声を唱えた。
刃が真っ赤に灼けたマチェットを召喚/刀身は身の丈を超える長さ。
走る/踏み込む。頭上から一閃/魔導で強化した腕力で
ゲホゲホゲホ
リンはカナの膝の上で息苦しそうにしている。
「何があったんだ」
「たぶん、義体の接続エラー。ごくごく稀にあるの。そうなったらこんな浅い水でも死因になりうるの。原因は調査してみないとわからないけど。この前の戦闘のダメージのせいかも。やっぱり全換装すべきだった」
「ゲホッ、それはあたしが、あたしのせいだから。でこちゃんは気にしないで。ニシ、あたしの銃をとって。まだ戦えるから。足手まといなんてならないから」
リンは腕を動かして起き上がろうとしている/しかし腰から下は電源の落ちたロボットのように重いままだった。
「バカなこと言わないで。戦えるわけないでしょ。おちびちゃんのメカニックとして、それに仲間としても戦わせるわけにはいかない」
カナ=いつになく厳しい。
「どうする? 時間はあまりないぞ」
自分たちの位置へ正確に攻撃がやってきている/攻撃の間隔も段々と短くなってきた。次は的確な攻勢が来るかもしれない。
以前テレビで見た企画=蓋付きガラスビンの中の蟹を、タコが器用に蓋を開けて食べる残忍なショー。
ただの生き物だと侮っていた=間違いだった。魔導生物は自分たちを観察/分断/比較的弱いリンに攻撃をしかけた。まんまと誘い込まれたということか。
リン=人差し指を立てる/通信機に耳を傾ける。
「ああ、くそっ。Aチームの方にも触手が現れたって。取り残されていた米軍の特殊部隊と合流できたみたいだけど、犠牲者も出てる。ああ、くそ」
リンは水を叩く。ばしゃりと水滴が飛び散った。
「こういうの、何ていうんだっけ。待ち伏せの兵士」
「伏兵。怪異相手じゃ、そんな戦略なんてなかったのに」
「だったらこちらも伏兵を用意すればいい」
「だめだめ。この場合は即時撤退するの。戦術の基礎よ」
「それは人間の戦い方だろ。魔導士なら十分に覆せる」
リン=困惑して目が泳いでいる。
魔導士=最大の戦力として期待されている。最大の戦力として報酬も用意されているなら、応えなければならない。
思念伝達──目を閉じ、カグツチの存在に意識を集中した。
今どこにいる。?
──さっき電車に乗ったところだ。皆、興奮冷めやらぬようだ。しきりに我と魔導の奥義についての談義をしたがっておる。
しばらくこっちで手を貸してくれないか。
──ふむ。三編みの魔導士に聞いてみよう。……ふむ、ノリカエまで1時間ほどあるそうだ。
じゃあ、こっちに来てくれ
にわかに風が舞う/マナの奔流が流れ出す。
「あいわかった」
3人のすぐ横に、さっきからずっといましたというふうに褐色に金髪の大男が立っていた。場違いなまでに明るい色のアロハシャツを着た湘南男/自称・神。
「よかった。召喚できた」
「なに、われにとっては容易いこと。さて、小さき女戦士、体調が悪いのか。ふむ、ビョーキやケガとは違うようだが」
カグツチがしゃがんでリンを覗き込む/しゃがんでもなお小山ほど大きい。
「リンを連れて、脱出してほしい。ついでに、船首側の部隊を助けてほしい」
「ふむ、よくわからんが、わかった」
ひょい、と軽々と
「道案内はリンがしてくれる。あの怪物は倒してもらって構わない」
「ガハハ。巨大な怪物となれば相手に不足はない」
「まてまて、最優先は救出だ」
「あいわかった」
リンはカグツチの巨大な腕のなかで縮こまっている。ギュッとアロハシャツの襟を掴んだ。
「センセー、ちょっと待って」
同時に手が伸びてニシの袖を掴んで引き寄せた。
左頬に伝わる感触=わけも分からず。
「これ、さっきのお礼。ねぇ、ニシ。絶対無事に帰ってきて」
「あ、ああ。大丈夫だ」
「フフ。さあセンセー、皆が待ってる。走って!」
合図とともにカグツチが水しぶきを上げながら走って、通路の角を曲がって見えなくなった。
脇腹に伝わる感触=カナに指先で鋭く突き刺される。
「なに
「ん? 何が」
「あーあ、嫌ね。ロリコン」
「って誰が! 全然リンのほうが年上だし惚けてなんて無いから。カナ、艦内の地図を持っているんだろ。さっさと案内してくれよ」
カナは胡乱な目をしたままだったが、踵を返す/ポニーテールがばさりと揺れて、先を歩き始めた。
まだ感触が残ってる。
どうしてあんなことを/確かリンは他人の死にひどく反応する/まだ死んではいないが。
好意だとか恋心などだったら素直に嬉しい/だがそれ以上に、リンは抱え込んだ感情がある。5年前の魔導災害以来、積み重なりねじ曲がった責任感&重圧。
「あの触手、というか魔導生物。今も俺たちを観察していると思うか?」
「──この先に貨物用区画への入り口がある。2層分の高くて広い空間。そこから直接 機関部に行けるはず」
無視か。そんなに怒ることもないだろうに。
カナが立ち止まった/“メンテナンスハッチ”というアルファベットが赤字で描かれたドアと向き合う。
指先がドアをなぞる軌道で動く/魔導でドアが弾け飛んだ=感情がむき出し。
メンテナンスハッチから下は、手動で動くはしごがあり、ムッとする硫黄臭が漂ってきた。
チラリ、カナが階下を見下ろして戻ってきた。
「キモい」
代わってニシも見下ろしてみた。照明はチカチカと不安定に光っている。わずかな明かりに照らされて10mほど下に床が見えた。それが粘液で光り、そして床全部が動いていた。
木の幹ほどのある触手が無数にのたくっている。
「ここ、通らなきゃいけないのか」
「遠回りしてもいいけど、ダメコン用の隔壁が降りてるから面倒かも」
「昔、こんな映画を見たことがある。アナコンダって映画で、ぎっしりと大蛇が蠢いているんだ」
「どう対処するの?」
「ガソリンを撒いて焼いていた」
しかしカナは難しい顔をした。
「火を感知したら、自動的に隔壁が降りて二酸化炭素が放出される。いくら魔導士でも二酸化炭素が充満してたら呼吸が出来ない。魔導生物は……どうだろ、呼吸するのかな」
「火を使わなきゃいいんだろ。光の魔導で炭にできるだろ? さっきやったみたいに」
「あれは、マイクロウェーブよ。電子レンジと同じ。魔導生物は水分が多そうだったから」
「呪文は、じゃあ、チーンとか?」
冗談を言ってみた/しかしカナはキリッと口を真一門に結んだ/ギュッと
「んなわけないでしょ! あの程度、詠唱無しでもできるわよ」
「痛いなぁ。なんで怒ってるんだ」
「
言わなきゃわからないだろう。
「カナはわかりやすいようでわかりにくいな」
「私は素直な方よ。ってどこいくの?」
「飛び降りる。そして、戦う」
簡潔に=根っからの近接戦闘主義。
「あんなに多いのに?」
「俺たちは魔導士だ。アレはただの生き物。斬れば死ぬさ」
「でも、やっぱり罠だと思う。私達は誘い込まれてるの」
「わかってる。だから敢えて罠を食い破る。真正面から」
「まったく、恐れ知らずなのね」
「難しく考えなくても大抵はうまくいく。大丈夫だ。信じろ」
逆襲:カナの左頬をつついてやった「ぷにぷにだな」
バンッ!
廊下に破裂音が響き渡る/通路の両側=挟むようにして鋭い触手が2本、床を破って生えてきた。
間髪入れずに、弧を描いて障子を破るように床を突き破って触手が生えてきた。
「あ、ここの床、コンクリートじゃない。普通の鋼板っ!」
カナが短く叫ぶ/同時に床が抜けて体が落下し始めた。
眼下/触手の群れ。
だが、落着地点だけ触手が避けて難なく着地できた。カナも身構えてニシの横に立っている。
ふたりの周囲で吐き気を催すような、巨大な触手がグルグルととぐろを巻いている。距離を縮めてくるかとも思ったが、触手の群れはふたりと距離をとったままだった。
時折、触手の腹が薄く縦に割れてタコのような眼が餌を観察するようにぎょろりと見ている。
「こいつらの餌、マナだったよな」
ニシ=唸るように言葉をひねり出した。
「ええ。私もずっとそれを考えていた所。
「生物として成り立っていない」
「つまるところ、人工的に作られたってところでしょ。あちこち欠陥だらけの」
人の手で作られ、こうして暴れているのも生存本能故だろう。それを人の手でまた封じるというのは、どこまで言っても人間とは罪深い生き物だな。
「俺が言いたかったのは、俺達はいい生き餌だってことだ。マナが豊富だろ」
「ああ、そう。だから誘い込まれたわけね」
高速詠唱。声なき声を唱えた。
ニシの両腕に幾重もの魔導陣が現れる。
「輪光っ!」
とても子供向けアニメの呪文とは思えない/鋭い詠唱&マナの奔流。カナの周囲を光の輪が包む。
「初めて見る」
「私の本気、見せてあげる」
しかし/カナは笑みを浮かべていた。
「勝てるさ」
手を差し伸べた/カナも察して握り返してくる。ほっそりした指先を感じる。
「ええ」
力強くうなずいてくれる。
触手の波がぐねぐねと動く/パチパチと瞬くように眼が動く&すべての眼が一点に集まる。
触手の群れをかき分けて、ひときわ大きな肉塊が姿を表した。その体表に開眼したままの眼が集まった✕8。眼が2列に並ぶ。
カナが指先をギュッと握った。
「ね、あれ」
「もしかしたら、あの目が本体か?」
「生き物の定義に囚われちゃダメなのかも」
「標的が決まったな」
「私が道を作る」
「俺が肉薄してとどめを刺す」
目配せ+うなずく=頼りになる仲間。
敵=標的=哀れな生き物/2列に並んだ眼の中央が縦にぱっくり割れる=口。
口の中からさらに触手が2本 生えてきた。槍のように先端が硬化して、側面にもびっしりと棘がある。棘の間に感覚器らしき突起がある。他の触手より繊細に/しなやかに這っている。
ニシが走った/同時に触手も動いた。
まっすぐ=その道を作るようにカナの輪光から鋭い一条の光が放たれる/障害を排除。
カナ自身も、襲いくる魔導生物の触手を魔導の光で焼き払う。視線はまっすぐニシに/手で印を結んだまま。一歩も動かず魔導生物を撃退する=さながら台風の目。
「カナ! 右、頼んだ!」
叫ぶ=同時に魔導陣を消費/マチェットを両手に召喚。左側から襲いくる触手を薙ぐ/背後でカナから放たれた魔導の光が触手を両断する。
良い連携/この調子。
魔導陣を消費/消費/消費。身体強化をして弾丸のように肉薄する。
一歩一歩、足跡のように魔導陣を残して駆ける/にわかに魔導陣が爆発した。マナを帯びた爆炎が触手を焼く/これで背後を気にしなくていい。
槍のように鋭い触手が突っ込んでくる/右からムチのように棘の生えた触手が薙ぎ払おうとしてくる。
強化された動体視力で視た:右のほうが遅い。
ためらわず正面へ跳躍=正面の触手回避。
空中で身をひねる=右の触手を回避。
着地&横薙ぎ。2本をまとめて両断した。
まだまだ触手が襲ってくる/太くて動きが緩慢なほう。
「輪光ぅ!」
カナの鋭い詠唱&ニシと触手の間に光のカーテンが降り注いだ。
「ありがとう」
「こっちは気にしないで。走って!」
地面を蹴った。触手を躱す&躱す。標的まであと3歩。
1歩目=魔導陣を消費。マチェットの刃が灼ける。
2歩目=魔導陣を消費。水銀色にきらめく銛を召喚。
やはり敵が動いた=魔導障壁を展開した/常磐の新機軸魔導機関も魔導障壁を使えた。
生体部品だからこその自衛本能=予測済み。
3歩目=最後の魔導陣を消費。ニシも魔導障壁を展開。
濃いマナの奔流がせめぎ合う。
灼けたマチェットの刃をねじ込ませる/先端からジワリと砕ける。
銛を発射/魔導でさらに加速/魔導障壁の中ほどに刺さって爆発。
さらに応援=カナの魔導攻撃。鋭い声にならない詠唱が聞こえた=目がくらむほどの光量/ビーム攻撃。
パッ。
魔導障壁が消えた。
刹那────空中で8つ目の魔導生物と目が合う。言葉はなく/音さえ発せられない。生き物とさえ形容できない。
しかしその目は、生きている目だった。言葉を交えなくてもわかる/しかし殺らなくてはいけない。
「来い、
短い詠唱。体の内からマナが流れ出す。
ニシの周囲に8つの銛が現れる=それらの形が変化した。先端が3つに分かれて黄金色にきらめく。
じっと8つの目を見定める。
魔導生物と戦うために来た。だが本当に戦うべき存在は、誰なのだろうか。頭を振る=憐憫を捨て去る。
「射て!」
8つの眼に8つの
ニシは着地すると、軽やかなバックステップで距離を取った。
広い格納庫を満たすような触手が一斉に震えた=まるで叫びのようだった。赤黒かった体表が、赤、青、緑の原色でざわめいて、そして静かになった。
「死んだ。私にはわかる。マナが、なにこれ。吸い込まれる感じ。こんなの初めて。悲しい」
カナの周囲を包んでいた光の輪が、チカチカと点灯してそして消えた。目には涙を浮かべていた。
「怪異や魔導士が事切れるときと違った感じがする。魔導機関っていうのはこういうものなのか」
しかし/カナは首を振るだけだった。
ちぐはぐな色の体表に代わった魔導生物は、急に縮み始め含まれていた水分が溢れて足元に流れてきた。
「まるで泣いているみたいだ。カナも、泣いているみたいだけど」
「私は、感情が多いほうなの!」カナは隠そうともせず涙を拭った。「ニシのほうこそ、大丈夫なの?」
「俺か。ケガはしてない」
「どうして泣かないの、って意味」
すっと息を吸った。
「悲しさよりも怒りのほうが大きいかな。あの魔導生物の目を見た。生き物だ。こんな中途半端な生き物を作り出した連中が許せない。こんなの、魔導として認められない」
素直な気持ち=カナには隠す必要はなさそうだ。
同じ
カナが手を握ってくれた/しかしニシの腕は力なく垂れ下がったままだった。
「あーカナ、ひとつお願いがある。
「はい?」
「さっきの一撃。神聖物の召喚だったんだ。ポセイドンの持っていたと言われる
「もうっ! あなたってひとは! もうぅぅっ!」
カナ=眉間にシワを寄せて/ポニーテールがいつになく激しく揺れている。
「ってこら、ほおをつねるな。
ニシはまたしても左頬をつねられた=真っ赤になっている。
くるり。カナは気が済んだようで、ニシに背中を向けた。
「いっとくけど、私も疲れてんだからね。身体強化の魔導の残滓で、たぶん甲板までは上がれると思うけど」
ニシは体の力を抜いた=そのままドサリとカナに体重を預けた。
「ええっと、上層への階段はどこだったかしら。魔導機関なしじゃエレベーターも動かないだろうし」
ふさっ。ニシの顔の横にポニーテールがあった。
「カナの香り、なんだか懐かしいな」
「ちょ、こんなところで変なこと言わないでよ。そういうのはもっとちゃんとした時と場所を選んで──」
「魚屋さんの香りだ。タコのお刺身みたいな匂い」
「──うぅ、早くお風呂に入りたい」
帰ったら子どもたちとたこ焼きパーティーにしよう。
現代×魔導 第1章 第3話 魔導生物事件 マグネシウム・リン @Magrin2036
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