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 順調そのものだった。

 ブリーフィングルームのホワイトボード/プロジェクターで地図を投影。

 カナは各隊員からの報告をまとめていく。清掃完了したエリアに丸印をつけていく。

 がらんとした潰瘍監視基地/うるさい筋肉野郎たちは全員出動中=私は待機中。

 自負=私はニシなんかより強いんだから。化けイカ退治なんてのに私の力なんて役不足なんだから。

 いや/でも、強引にニシとペアを組むことはできた。そして外回りの仕事ができるのなら、それはそれでチャンスじゃなかろうか。

 2か月前、潰瘍の中ではじめて一緒に戦った/しかし私のことをあまり見てもらってない。

 がんばったのに。

 それどころか、最近はリンと妙に距離が近い/嫌だなぁ。

 全然口をきいていなかったふたり=ラッキー/しかしすぐに仲直り。

 もしかしたら/たぶん、私ももう少し積極的に出てもいいんじゃないかな。

 ニシは、子どもたちのことばかり優先して自分が楽しむことを忘れてしまっている。

 そこへ、私が甘い言葉で誘い出せば、チャンスがある。

 まずいまずい/ドキドキ=妄想だけで火照ってしまった。

 デスクに置いたタブレット端末がメッセージを受信=社内用のSNS。同時に情報のやり取りができる便利なやつ。

「もしもし?」

 えっ、嘘、ニシじゃん。

 口から飛び出しかけた心臓を飲み込んだ。

「はい、状況は」

 クールを装う=これこそ私。

『エリアBブラボーFフォックストロット 、び……なんだっけかな』

Vヴィクター だ、ニシさん』

 隣でテツの小さい声が聞こえた/英語じゃない外国語の訛りが混じった声=元外人部隊の兵士。

『そう、エリアVヴィクター を掃討完了。予定区域は全部終わったぞ──なんかうれしそうだな。いいことがあったのか?』

「べ、別に」

 まずい=カメラが起動していた。ハニカミを押し殺す。ばれてないよね。

『で、どうする? ほかの地区を手伝おうか』

「うーん、ちょっと待ってね」

 背を向ける/作戦地図を眺める/考えているフリ・・

 このまま、ニシは基地に戻ってもらおうか/邪魔なリンはいない/ふたりっきり/仕事と理由を付ければ一緒にいてくれるはず。

 決定/決心。

 くるりと踵を返す/ポニーテールがパタパタと揺れた。

「おーけー。そのままこっちに戻ってきて」

『おい、カナ……』

「なになに?」

「変だぞ、今日」

 ムカッ/鈍感守銭奴魔導士め。

 ふと、窓の外に視線が吸い寄せられた/潰瘍のどす黒いドームが見える。嫌な感じ。

 閃光/空気が揺れた。遅れて爆轟も轟く。

 発信源=ここからじゃ見えない。ちょうど潰瘍のドームの陰になっている。

 遅れて全館に警報/事態の変化に、ニシたちも気づいたようだった。

『何が起きた?』

「待って、確認するから」

 カナ=窓に駆け寄った。

 滑らかな指の動きがマナを編んだ。空中に魔導のレンズが出現し、現場を視認。

 ゆっくりと倒れていくもの=潰瘍の抑制フィールドの発振器だった。30m近いそれがスローモーションのように倒れていく。

「嘘嘘嘘っ! 噓でしょ」

 ひとつではない。複数の支柱が破壊され、倒れている。その上無数の怪異も潰瘍から這い出てきている。

 どうしようどうしよう。さっきまでの甘い妄想は吹き飛んでしまった/誰だよ、こんな余計なことをしたのは。誰であれ聖なる光で焼却してやる。

 カナ=魔導でタブレット端末を引き寄せる/反対側のビルの窓を魔導で開ける=地上10階/向かい側は監視基地の指令センター。

 考えはまとまっている=怒りを原動力に。

「ニシ、すぐに基地に戻ってきて」

『ああ、ここからなら5分……いや10分はかからないはずだ』

「そのまま地下の自働工廠へ行って、抑制フィールドの共振器を作ってほしいの。取り急ぎ3台。全自動で作ってくれるけど付術エンチャントの最終調整をお願い」

『ああ、わかった。って、共振器? 潰瘍で何か起きたのか』

「ええ、事故か、あるいは攻撃されてるみたい。私は怪異を抑えるから、共振器をお願いね」

『ああ、わかった』

 通信終了/なんと頼もしい。それでこそ私のニシだ。

 予備動作のない跳躍=上方向に。

 着地=指令センターの窓。そこにいた当直の女性職員が驚いた様子でそれを見ていた。

「あの、見えてますよ、主任」

 隠す/閉じる=ストッキング越しに見えるユニクロの安物パンティー/これだからスカートは面倒くさい。

 これしき何ともない。

「基地に残っているメンバーに緊急出動を伝えて。装備はC2。共振器が完成するまで時間を稼ぐわよ。外に出ているメンバーにも急いで基地に戻らせて」

「は、はい」

 監視カメラからの映像=共振器の残骸、這い出てくる怪異。

 潰瘍の出入り口以外は自動迎撃システムCIWSを設置していない=不覚。しかしどれもA型怪異ばかりで、排除は造作もなさそうだった。

「ん、これは?」

 映像を見入る/拡大。人が写っている=少年だった。色素の抜けた髪色/肌。さらには白い布を巻き付けていてさながら古代ギリシャの像を思わせた。

 その少年の眼前で=怪異が変化した。禍々しくねじ曲がった体/太く鋭い触手。規定に沿えばC型怪異の群れだった。

「何よこいつ」

 カメラの映像から、少年が消えた。しかし次々と潰瘍から現れる怪異も次々と変化していく。

「ああ、もう。ほんと最悪」

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