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 新横浜港。第1埠頭

 横浜港:潰瘍の発生と1時間で終わったWW3の時期と前後して、原因不明の爆発で使用不能に/文化財もまとめて塵になった。あとに残ったのは直径1000メートルのクレーター。

 ゆえにクレーターに増設された新横浜港:魔導機械とAIによりほぼ自動化された巨大なコンテナスペースと岸壁。魔導セル搭載型電気駆動の500m級貨物船に対応した巨大な岸壁。

 それらでも役不足=埋め立てしたばかりの更地の横に停泊中の魔導機関搭載の巨大多目的船/むしろ実質空母/合衆国の国旗がはためいている。空母を護衛艦と呼んでいたかつての日本のような本音と建て前。

「外側だけが大きいだけ。むなしいですねぇ。まるで“木彫りの仁王像”といったところですか」

 会長が誰の目も気にせずてくてく歩く。

 行きかう人々=元アメリカ人&元カナダ人&元メキシコ人。大半が軍属=制限区域。

 新日米安保条約を締結し、新たな第七艦隊の母港となる予定の基地=実質は合衆国領。

 会長の堂々と歩く姿に、誰しもが振り返って見るが「セキュリティゲートを通ったはず」=「危険な人物ではない」という認識で仕事に戻っていく。

 輸送ヘリ/ティルトローター機の爆音が頭上を通過し、訓練中の兵士たちが隊列を組んでジョギングしている。

 のらりくらりと/空気のように目立たぬことを是とし歩を進める。

「はて、奇妙ですね」会長=流暢な英語で。「あの船の船員たちがみな降ろされています。しかし一方で、埠頭に勢ぞろいしているのは合衆国の対魔導特殊コマンド。いましがた本国から到着したといった感じですか。合衆国統合軍の中でも、戦前から在籍しているエリートぞろいの正真正銘のアメリカ軍だとか。どんなお祭りが開かれるのやら」

 言葉の先=灰色の都市戦用デジタル迷彩 戦闘服に身を包んだ男/亜麻色の髪をぴったりと撫でつけてぴかぴかに光っている。四角い肩に豪胆さを備えた職業軍人。襟の記章=准将。

「き、貴様! どこから入った」

「また会いましたね、ジョナサン・タウンゼント准将。一昨日の会談以来ですが、またずいぶん地味なお召し物で、気が付きませんでした」

 会長=英語でも慇懃さ/うさん臭さは変わらず。

「貴様には関係のないことだ! とっとと失せるんだ」

「川崎と横須賀の大停電を招いておきながら、その態度ですか」

「貴様に話すことはない。こちらの作戦行動はすでに日本政府に伝えてある」

「対テロ強襲訓練を? 今から? あえてここで?」

 外交文書/すべて筒抜け。

 あえてフィクサーを演じずとも、会長は重要な人物だと思われている/正義の味方という偶像=周囲も自ら情報を差し出し正義の味方にならんとする。偶像たる会長の余裕。

 准将は背を向けたまま答えず。

「会談で、あなたは頑なに合衆国製の魔導機関を信じていた。が結局、合衆国外交部は今後10年間、常盤興業の魔導機関と魔導セルの輸入で手を打った。その理由をまさか、まだわかっていらっしゃらないとは」

 会長の目の前で大きな肩が震える/大きな胸式呼吸。

「我々には、我々の理由がある」

「理由? 不安定な魔導生物を逃がすことに値する理由があると? 新世界協会はいったい何を考えているんです」

 会長はてくてくと歩を進めて、准将の正面に回り込む/顔を下から覗き込んだ。

「あらまあ、ずいぶんと不機嫌そうで。もしかして合衆国謹製きんせいの魔導機関が不調で不満なんですか──笑止」

 准将の視線の正面に入った。目の底を睨みつけた。

「魔導は一朝一夕の努力で成立するものじゃない。“さざれ石の岩粒のように”とはよく言ったもので、神代から地道に積み重ねてきたのが、我々の魔導だ。欧州各地の神話体系にあるように、密教に比肩すべき魔導がそこにはあった。しかし君たちの魔導の遅れは、白人が宗教ペテンを盲信し、魔導士を殺し、先住民のシャーマンを殺し、過去の英知を殺しつくしたからだろう。なぜその怒りと不満、焦りを我々に向けるのだ」

「私には責務がある。ただそれを果たすだけだ」

 准将は相変わらず会長と目を合わそうとしなかった。

「すばらしい。すばらしい軍人のいらえだ。それはすなわち、覇権国家たる誇りというものかね。クレムリンが吹き飛んで冷戦が終わり、君たちアメリカ人は何をした? 世界に紛争の種をばらまき一方で自国のみが甘い汁を吸ってきた」

「それは違う! 俺はアンダマン海でも黒海西岸でも、同盟国とアメリカのために戦ってきた。血を流してきた。戦友の死も見てきた。世界の平和が俺たちの責務だった。これが誇りというんだ」

 准将=今にも爆発しそうに顔を真っ赤にする。立場上、目の前の小男を殴れないし、殴ったとしても魔導士に力技でかなわないと本能的にわかっていた。

「平和。それはそれはご立派で。いわゆる職業軍人というやつですか。まあ、それは悪く言うつもりはないですよ。うちの会社にもその手の兵士はたくさんいます。その手の兵士は弱い人を守るため戦ってくれるからです。しかし、しかしです。実際に世界に平和をもたらしたのは、私たち常盤興業です」

 会長=口調が落ち着いてきた/准将と同じく熱くなっていたことを内省。話し疲れたというように空気・・に腰を掛けようとした=同時に魔導が発動/地面の真砂土まさつちが盛り上がり砂のベンチが完成した。

 さて、と会長は息をついた。

「ご存じの通り、私はこの世界の住人ではありません。ここより少しずれたところ、人がthe secret coreと呼ぶ場所から来ました。当初、同じ人類にもかかわらずその粗暴さと野蛮さに驚きました。“さもありなん”。あなたたちの言う正義というのもそうです。覇権国家の誇りという、かくも薄情な価値に重きを置くことに理解ができませんでした。しかし、ごらんのとおり、今や世界から紛争は消えた。なぜだかお分かりですか?」

 しかし、准将は会長を見ようともしなかった。遠くの重装備の兵士たちに目を向けている。陸上から/海から/空から、それぞれ多目的船に乗り移ろうとしている。

 会長は、准将の反応を待たずに続けた。

「魔導機関ですよ。魔導機関で電気を作り、肥料を作り、安全な水を作った。魔導機械は労働から人々を解放し、より文化的な生活を送ることができるようになった。これが、われわれのしたことです。あなたたちアメリカが半世紀かけた武断政治で成し遂げることができなかった平和を成し遂げることができました。十分な食べ物と丈夫な家。ただそれだけ。1人1ドルの対価だけもらい、冷戦後、そんな世界を作ってきました。それこそが誇りというべきものです」

 准将=答えず。精神力を束ね、そこに誰もいないという風を装っている。

「あなたの経歴を調べさせてもらいました。元第7艦隊の司令官、空母ジミー・カーターの元艦長。相模湾上陸未遂事件の首謀者」

 突然、准将がキィッと会長を睨んだ。すぐにでも腕が伸びて細い首を絞めてしまう威圧感を振りまいた。

「貴様、いったい何をしにここへ来た」

 会長=意に介さず、

「戦後はずいぶんと冷遇されたようですねぇ。事件自体は魔導災害と核の電磁パルスでうやむや・・・・になったものの、常盤興業からの支援が遅れサンフランシスコ潰瘍は半径100㎞にも達してしまった。その原因を作ったのではないか、とね。にもかかわらず外交の舞台に登場するとは、いやはや」

「貴様ッ!」

「あなたは軍人だ。根っからの職業軍人だ。政治家じゃない。あなたの国家への忠誠心は認めましょう。ですが行動の原動力は常盤興業への復讐だ。そしてそれを後押しするパトロン。私がここに来た理由はすでに申したでしょう。。ただそれを聞きたいのです」

「貴様に、関係の、無いことだ!」

 睨む、というより恫喝だった。握りつぶせるのだ、という姿勢を巨大な双肩を震わせて示している。

 普通の人間なら間違いなくひるむ/しかし最強の魔導士には通じず。

「そうですか。わかりました」

 会長はあっさりと引き下がった/魔導製の砂のベンチから立ち上がって砂を払った。

「ここから出る時、背中に気を付けることだ」

「はは、ご心配には及ばず。銃や爆弾程度では死ねない・・・・ので。ですが、自分からも忠告を。よくよく、気を付けることです」

 会長は足元に落ちていた小枝を拾い上げた。

 どこからか風が唸り渦巻くような声音=ホーミーが響いた。会長の喉から発せられるそれは、マナを編み魔導を組み上げていく。

 宙に浮かぶ小枝に魔導陣がまとわり、それが瞬時に収縮した。

「さて、これは自分からのプレゼントです」

 会長は、変哲のない小枝を准将の手に押し付けた。

「何のつもりだ?」

 するとおもむろに、近くにあったコンクリート塊をつかみ上げて准将の頭めがけて振り下ろした。

 准将=とっさに手で頭を覆う/その寸前、コンクリート塊は砕け散った。

「魔導障壁の付術エンチャントですよ。銃弾や爆弾、雑魚の怪異程度でしたら、このように防ぐことができますが。あの船の中は何が起きるかわかりません。くれぐれもご注意を」

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