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「びっくりしたねー停電」
ホンワカかわいい=ツカサちゃん。
「う、うん。そうだね」
「じーちゃんとばーちゃんが言ってたけど、昔は停電があったんだって。昔は火でお湯を沸かして電気を作ってたから」
ワクワクかわいい=ルイちゃん
「どうしてそんな面倒くさい方法なのかな」
ほかの人たちの雑談から聞こえたこと“ケータイが圏外になった”とか“信号が消えているぞ”とか。でもすぐに復旧したみたい。停電──知っていること──よくあることじゃんという感覚。
周囲の雑談&ふたりの雑談を本気で考える余裕もなく=サナはさらけ出された肉体を隠そうと精一杯だった。
夏休みが始まったばかりの市民プール。
家族で/友人と/高校生くらいのカップルもいる。楽しそうな声を遠巻きに聞きながらベンチに座り日陰で休憩中。
人=たくさん/水着の布=少なすぎ。むしろ裸じゃん。
家族と&カグツチおじさんと一緒に水着を買いに行ったが、店員に促されるまま買ってしまった。白のビキニ/清楚さがいいなじゃい=ツカサちゃんの感想。
サナの右に座るツカサちゃんは、花柄&布面積が多めのビキニ/谷間を強調するスタイル。
反対の左に座るルイちゃんは、一見するとスポーツ用/しかし背中と腹が大きく空いている/快活さを強調するスタイル。
「よし、休憩終了! 泳ぐぞ」=ルイの
「ねえねえ、どうしてみんなは水に浮くことができるの?」
「浮くっていうか、自然とそうなるよな、ツカサ?」
「うん、抱きかかえられたときみたいに、力を抜くんだよー」
なんと抽象的/なんと頼りない先生×2。
「勉強はできる。運動は、まあまあできる。というか魔法使いだから当然か。でもどうして泳げないんだ」
「私は魔導士だよ」
魔導を使えば浮くことができるかもしれない。体育の授業の際は、無意識に魔導を使ってしまって、棒高跳びで3mも飛んでしまった=以来、周囲の同級生には魔法使いというイメージが生まれた/しかしお兄さんが言っていたような魔導士への差別などはなく“ちょっとおもしろい子”と思われている。たぶん。
水に入る=生ぬるい/塩素のにおいが鼻に突く/水圧で腹部が押されて息が苦しい。
「よーし、じゃあもう一回。バタ足だ」
ルイが手を握ってくれた/ゴーグルを装着/世界が青みがかって見える。
決意=息を吸う/顔を水につける/盛大に足を上下させる。
世界の音が緩慢になった。水のぼこぼこした音ばかりが満ちる。
ルイが何かを言ってる=聞こえない。
苦しい。顔を上げる/息を吸う。しかしいつの間にか足がプールの底に付いていた。
「ああもう、だめだめ。泳ぐときはしっかり顔を下げる。こう、おへそを見るんだ。息を吸うのは一瞬だけ。何度も吸ったら沈んじゃうだろ」
「でも、苦しいよ」
「そういうものだよ」
そういものか。これは黙って受け入れるしかない。ここはそういう世界だ。
清楚な水着でまじめな水泳の練習をしているサナのすぐ横を、ツカサが見事な背泳ぎで通過していく。鯨のように優雅に泳ぎ、そして水面から出るものが出ている。
男たちの視線が自分たちを通り越してツカサに集中している/破廉恥な連中に火球でもお見舞いしたい/お兄さんもこういうほうが好きなのだろうか。
「でもなー、海に行くのって来週だろ。いまさら練習したところで泳げるようにならないかもしれない。泳ぐ以外にもおもしろいことはあるし」
「そういものなの?」
「ああ。砂のお城を作ったり、ビーチバレーをしたり、サナんとこのお兄さんを砂にうめたり」
「拷問するの?」
なぜそんな言葉が出てきたのかはわからないが、以前よく使っていた気がする──思い出したこと。
「ゴーモンってなんだよ、おっかねぇなあ。ともかく、気にするなってことだ。それとも、泳がなきゃいけない理由があるのか」
「んー特にないかな」
すると、ツカサがクロールで接近してきて、今度はイルカのような水中大回転を決めて水面に顔を出した。
「すごーい、ツカサちゃん」=サナの素直な賛辞。
「ツカサは昔っから泳ぎだけはうまいからな」
ツカサ=ニコニコテンションでゴーグルを外した。
「えへへ。サナちゃんもこんな風に泳いでみたい?」
「でも難しいでしょ」
「そんなことないよー。あ、そうだ。私と一緒にスイミングに通えばいいんじゃない?」
「スイミング?」──知らないこと。
「うん。うちの学校は水泳部がないし、スイミングに通うのが一番だよ。それに、ムキムキのイケメンが教えてくれるんだよ。ねぇねぇ、いいでしょ」
そういえば、部活動ものらりくらりと決めずに1学期が終わってしまった。学校とは勉強を学ぶところ。そういうものじゃないのかな。
「イケメンって、そんなにいいものなのかな」
「そうだよー。とってもがんばれちゃうんだから。かっこいい三島先生と小林先生がいてね。それでそれで、ウフフフフ」
ツカサ=見た目に反しての腐女子/ウキウキテンションで近寄りがたい笑みを浮かべている。
「ま、ツカサはほっといてだな、サナは小学校の時、どうしてたんだ?」
「ぜんぜん、覚えていないんだよね」
ちがう。知らないことだ。
「あ、そうだったな。ごめんごめん」
記憶がない、というとてつもないハンデを抱えつつ、ルイとツカサは分け隔てなく接してくれる。
暖かさ=知ってること。
「じゃーさ、潜水をしない?」ツカサ=どきどきな提案。「スイミングでまだ泳げない子たちが、水になれるためによくやるんだよ。一番長く潜れた人が勝ち。でも、あまり無理しちゃだめだよ」
先生っぽい/お姉さんっぽい。
「おっけー。じゃあ負けたら全員にジュースをおごるってことで」
「もールイちゃん、そういうのは悪いことなんだよ」
まじめなお姉さんモード。
サナ=ワクワクテンションが伝染/おもしろそう。
「私も負けないよ! 1番になってやるんだから」
準備=ゴーグルをしっかり装着/世界が青みがかって見える。
ツカサ=慣れた雰囲気で深呼吸。ルイ=やる気が空回りして雑な呼吸。
サナも負けじと息を吸い込む/塩素の混じった酸っぱい空気を肺いっぱいに満たす。
せーの=ツカサの合図。
どぼん。冷たい水に頭頂部まで沈んだ。
雑多な声/音が消えた。水の泡と飛沫の音が脳の裏側に響く感じ=ちょっと気持ち悪い。
水中でぷかぷかと浮かぶ友人×2。ツカサは余裕の表情。ルイは鼻を指で押さえているが小さな気泡がぼこぼこと漏れ出ている=負けかな。
苦しい。酸欠? 心臓がどきどき/はらはら。水面に出て新鮮な空気を吸いたい/でもジュースをおごるのはやだなぁ=我慢。ぎゅっと目を閉じて耐える。
心の中で時間を数えてみた/恐ろしいほどゆっくり過ぎていく。
限界=ぱっと目を開く/眼前に誰かの顔=ルイの変顔。
思わず笑ってしまう。一気に空気が漏れて反射的に水面に浮かんでしまった。
帰り道の途中/セブンイレブン。店の前のベンチに座って片手に清涼飲料水のボトル、もう一方に濡れた水着の入ったバッグ。
「いやぁ、悪いね。あたしが言い出しっぺだったのに」
ルイ=ニタニタテンション。ぷしゅっとスプライトの蓋を開けた。
「もう、ルイちゃんがずるしたからだよ」
ツカサ=プンプンテンション。カチリとカルピスソーダを開封=ためらいなく。
「別にいいよ。私も乗り気だったし」
サナ=ニコニコテンション。ぱちっといろはすリンゴ味の蓋を回した。
負けは負けだ。あっさり認めた。楽しかったし、それに泳ぎを教えてもらったのだから何かお礼をしようと、どのみち考えていた。
「でも、サナちゃん、ずいぶん泳げるようになったんじゃない? 泳ぐというか浮くというか」
「うん、ルイちゃんが教えてくれたから」
「海であんまり本気で泳ぐ人はいないからねー。浮き輪につかまってバシャバシャするだけでも楽しいんだよ」
浮き輪=さっき店内の天井で売っていたやつか。2000円/ハイビスカス柄でビニル製の袋。知らなかったもの。
「で、誰が好きなんだ、サナ?」
ルイ=炭酸飲料をぐびぐび飲む。
「えっ、何? いきなり」
「もう、照れちゃって。あんな真っ白な水着を着てるなんて『私を選んでください』って言ってるようなものじゃん。それに別に恥ずかしいことじゃないんだよー。ルイちゃんだって4組の大戸君にぞっこんでさー」
「だぁーいちいち言うなよ」
「でも、大戸君ってたしか、かっこいいというより、かわいい系の男子だよね。背も、私と同じくらい」=サナの大戸君への第一印象。
休み時間のたびに大戸君は、4組=隣の教室から出てきて廊下に立っている。ルイはいつも、さりげなく目で追っているので顔と名前を覚えてしまった。
「ルイちゃんは、ああいうのがいいんだよねー」
「わかってないなー。ああいうのだからいいんだよ」
そういうものなのか。
「私だってかわいい男の子の魅力、わかってるもん。イケメンに抱かれてかわいい声で鳴くんだよ」
ツカサ=ドキドキテンション。根腐れBL女子。
順番が回ってきた/このままうやむやにできるかと願ったがかなわず。
「気になる人かー。恋するってどんな気持ちなんだろう」
「まじかよ」
「あ、えっと記憶喪失だからとかそういうのじゃなくて。なんていうんだろう、誰かにドキドキしたことがないんだよね」
「まさか。小学生じゃあるまいし。じゃあさ、こう考えてみ。『最近一番やさしくしてもらってうれしかった人』は誰?」
優しくしてくれた人=思い浮かんだのはお兄さんだった。
「……いない」
「うそつけー。その顔、ぜっっったい、誰かのことを考えてた!」
サナ=視線を逸らす/いろはすりんご味をぐびぐび飲む=ちょっと息切れ。
「好きなの、あのお兄さんじゃないの?」
ツカサ=天性の洞察力で看破/サナが盛大にむせた。
「そんなわけ」
「いいじゃんいいじゃん。年の差カップル。あこがれるわぁ。男女ってところ以外は」
腐女子のいらえ。残りの2人が思わず顔をしかめた。
「そういうものなのかな」
「そうだよ、そうだよ」「いっちゃえ、いっちゃえ」
無責任な励まし×2。
「仮にそうだとしてもさ、お兄さんは大人なんだよ。私なんて見向きもされないよ」
何度か、お兄さんが入院したり仕事で帰れないとき、白い腕輪をした魔導士のお姉さんと、ちっちゃいけどかわいいお姉さんが来た。
みんな明るくてかっこいい大人の女ばかり。私なんて相手にしてくれるはずがない。
「だいじょうぶだよ。だってサナちゃん、かわいいもん!」
ツカサのようなナイスバディならそんな前向きな気持ちになれると思うんだけれど。
「ずっと一緒に住んでいる相手か。そうなると、取れる手段が限られるなぁ。来週、海に行くんだろ。だったらその時にアピールしないと」
「ルイちゃん、どんなアピール?」
「お兄さんと対等に付き合いたいんだろ? だったら、大人の女をアピールしなきゃ」
ついツカサの胸に目が行った。
「大人の女って言ったら、やっぱり子どもたちの世話をするとか、一緒に遊んであげるとか?」
「違うんだなーこれが」「男の人は、そんなんじゃ落とせないだよなー」
「じゃあ、何をすればいいの?」
「もちろん、気合、度胸、愛嬌!」
そんなものなのか=という気分になれず。
お兄さんへの気持ち=恋心なのか判然とせず。
甘酸っぱいいろはすりんご味を飲み切った。
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