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 ひゅうひゅうと風が巻き起こる=服や髪が舞う。左腕に通された白の円環/最高位の魔導士の犯罪を抑止するGPSデバイスがからからと揺れる。

 最高位の魔導士=ニシは、常磐で支給されたカーゴパンツにTシャツという出で立ち。最も動きやすく、洗濯は経費でやってもらえる。頭にはヘッドバンドとウェアラブルカメラ=唯一の不快な点。

 ニシは民家の屋根に着地/跳躍=軽量セメントの屋根瓦を壊さないよう反作用まで魔導で操作する。

 たちまち体が空を舞い、アパートの平らな屋上に着地した。

 高速詠唱。声なき声を唱えた。魔導探知=周囲1kmの魔導を帯びる動体を検知する。

「そこか」 

 脳裏に浮かぶ感覚/視界に浮かび上がるモヤ=標的。

 高く跳躍=前方向に。ぐんぐんと地面が迫る。再び屋根に着地。彼我の距離は跳躍1回分くらい。

 しかし標的=細いシルエットのA型怪異もニシの動きに気づいたように、すばしっこい動きで次から次へと屋根伝いに移動していく。

 ニシ=飛んだ。1つの跳躍で隣の家に移る。弧を描いて逃げるA型怪異を最短距離で追い詰める。

 武器の召喚魔導と投擲という手段もある。しかし的を外して屋根に深々と穴を開けてしまってはこの仕事は赤字。

 高速詠唱。声なき声を唱えた。右手に片刃の短刀を逆手に持って怪異に追いすがる。

 6本足の怪異。かつて子供の時、これに似た生き物の死骸を道路で見たことがある。たしか、イタチと父は言っていた。

 怪異は次の屋根へ飛ぼうとする/そのすぐ背後にニシがいた。逆手に持った短剣で空中を掻いた。空気がゆらぎ、怪異を両断した。

 ニシ=屋根の上で膝立ちのまま。

「おかしいな。2匹いたはずなんだが」

 魔導探知はまだ効いている。1匹を切った/たしかにマナの感覚は弱まった。が、まだ気を許すには早いと、直感が知らせていた。

 ふと、横を見た。眼前数センチに、銛のように変形した6本足の怪異がぴたりと静止していた。

「ここで気を抜くとは、まだまだだな」

「そこにいると分かっていたから、あえてだよ」

「ほう、我に背中を預けていた、と」

「そういうつもりじゃなかったけど。というかどこで覚えたんだよ、そんな言葉。どうせドラマだろ。ここ最近、ずっとテレビを見てばっかりだったろ」

「うむ。よいものだぞ。最近のお気に入りは『ごくせん』なのだが、『ごくせん』を見るよう、勧めたではないか」

 ニシ=ため息。短刀の召喚を解いた。それと同時にアロハに身を包む金髪の大男はA型怪異を片手でねじ切って、消失させた。

「俺は、昔の女優のほうが好きだったんだ。リメイクのは微妙だ」

「微妙。ふむ。面白い言葉だ。童たちも言っていた言葉だ」

「子どもたちには、使わないよう言っておいてくれよ。あまりいい言葉じゃない」

 大男=カグツチは、その風体に似合わず真面目に眉を細めた。

「覚えておこう」

 軽い跳躍=ニシとカグツチは住宅街の細い道に飛び降りた。魔導で羽のようにゆっくりと着地した。

「松井さんに連絡しなきゃ」

 スマートフォンを取り出し、通話履歴からリダイレクトする/同時に魔導でヘッドバンドからウェアラブルカメラを取り外す。1TBの記憶容量が半分ほど埋まっている/電池は魔導セルのため半永久的に使える。

 呼び出しのコール音が5回ほど流れたのと同じくらいに、白い軽バンが電動モーター音を静かに鳴らして現れた。魔導セル特有のピリピリとした感覚を覚えた=もう慣れて何とも思わない。

 運転席=窓の下に大きく「川崎市北区区役所」とデカデカと安っぽいデカールが貼ってある/無駄なことにはお金を使いません=清貧を体で表したかのような公僕こうぼくかがみ

「お疲れさまですぅ」

 ワイシャツに作業着/場違いなほど腰が低い=鳥獣対策課の松井さんがニコニコな微笑みを携えて運転席から降りた。何を考えているか、掴みどころのない公務員だった。

「よく、ここがわかりましたね」

「ええ。屋根の上をぴょーんぴょーんと飛ぶので、わかりやすかったですぅ」

 となると、スマホで動画を撮られた可能性もある=夜ぐらいにネットで出回る予感。嫌だなぁ。

「今回の怪異は、やたらあちこち飛び回るので。見つけるのに1時間もかかりましたよ」

 松井さんにウェアラブルカメラ=怪異を倒した証明のビデオを渡す。それと引き換えに領収書を差し出した。

「あれ、データを確認しないんですか」

「ニシさん、いつもちゃんと仕事してらっしゃるので、大丈夫ですよ」

 領収書=怪異の駆除依頼をこなして、市から報奨金がもらえる。松井さんからボールペンも受け取り、ニシは名前を記入しようとした。

「6000円? 2匹ですよ」

「あー、その、実はですねぇ。先月から駆除の報奨金額が改定されて、3500円から500円、減額されたんです。市報にも載ってたんですけどねぇ、一応」

 松井さん=なおもニコニコを崩さない。ペン先は一瞬ためらったが、ニシは名前を書いて松井さんに返した。ここで文句を言ったところで何も変わらない。

「では、お疲れさまでしたぁ。また怪異が出たら、いの一番で連絡させていただくのでよろしくおねがいします」

 判を押したような挨拶とお辞儀/長年、公務に携わっている風な男。魔導セルのピリピリとした感覚を残して軽バンは走り去っていった。

「不満だったのか?」

 カグツチは、ニシの手に握られた領収書を上から覗き込んだ。2m近い体躯のせいで手元が大きな影に入った。

「安いんだよ。安い。イノシシ駆除だって一匹1万円も出るのに。確かに、俺たちの元手は0円だよ。ただ、魔導なんて誰でもできることじゃないのに、たった3000円なんて。常磐のほうが払いがいい」

 ニシ=柄にもなく言葉が出てくる。生来の他人を悪く言えない性格&隣の聞き役の大男なら吐露しても問題ないという安心感。

「じゃあ、なぜやっておるのだ」

 至極当然の質問=ニシを冷静にさせた。自称・神/その割に人の心を分かっている。

「まあ、5年前とか、潰瘍が出たときはあちこちで怪異が出現してて、死傷者も結構いたからボランティア感覚でやってたんだ。子どもたちを引き取った後は、ほら、子どもの世話もあるだろ。だから常磐の仕事と市の駆除依頼を半々でやってた。駆除のほうは毎日依頼があるわけじゃないから家の仕事ができるだろ」

「ふむ。だが、常磐に行かないときは随分、暇しているようだが。暇なら我と一緒にテレビを見ればいいものを」

「子どもたちも手間がかからなくなってきたし、モモやサナも小さい子の面倒を見てくれているからだよ」

 ニシ=嘆息/踵を返した。

「松井さんにバイクのところまで送ってもらうよう、頼めばよかったな」

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