ニートでも出来る事ってありますか?

皐月 遊

一章 シガナ村での日々

第1話 「異世界へ」

俺の名前は一之瀬陽太(いちのせようた)。ニートだ。

現在23歳、趣味はゲーム、彼女なし。

自分で言っていて悲しくなるな…


大学を卒業後、新卒で入社した会社を半年で辞めた俺は、現在転職活動をしていた。

だが、転職活動を始めてから半年経つが、未だに内定はなし。

1人暮らしの家賃を払う為に貯金と、少しの仕送りを切り崩して生活をしているが、贅沢は出来ずに節約の毎日だ。


地元の両親からは、帰ってきて畑を手伝えと言われているのだが、俺は帰る気はない。

だって虫嫌いなんだもん。


そんな俺の目の前には、一枚の手紙が置かれている。


俺が現在受けている会社から来た手紙だ。


今人気のIT企業、給料よし、待遇良しの大企業だ。

面接での受けもよく、絶対受かるだろうなと思っている。


「よーし、やっとニート生活脱却だぜ」


そう言いながらウキウキで封筒を開ける。


まず目に入ってきたのは、「不合格」「お祈り」の2文字。


俺はその瞬間、その紙を破った。

思わずため息が出る。


この世は平等だ。なんて言うけど、本当にそうだろうか?


いや違う。俺が社会に出て学んだ事は、この世は不平等だ。という事くらいだ。


俺が入った会社では、パワハラはもちろん、セクハラ等も日常茶飯事だった。

俺には男女の同期が2人いた。

俺たち3人の仕事スキルは同じくらいだったから、日々3人で支え合いながら仕事をこなしていた。


だがある日、同期の男が上司に殴られているのを目撃した。

理由を聞くと、


「ミスをしたから殴った。これは教育だ」


と言い放ったのだ。

もちろん俺は反論した。

どんな事があろうと、人は殴ってはいけない。


上司は去って行き、その場はなんとか収めたが、次の日、その上司が、同期の女にセクハラをしていた。

腰や肩をベタベタと触っていたのだ。


同期の女は嫌そうな顔をしていたので、俺は止めに入った。

すると上司の男は言う。


「またお前か。なんなんだ、俺に逆らう気か」


と、確かにこの上司は会社でもかなり上の地位だったが、それでもこんな事が許されて良いわけがないと思っていた。

だから、俺は強気に反論をした。


すると、上司はニヤリと笑い、去っていった。


その次の日から、会社内でイジメが始まった。


標的は、俺だった。


社内に置いていたメモ帳は破かれ、椅子のネジを外され、話しかけても無視されたり。

その他にも様々な事をされた。

元凶は分かっていた。あの上司だろう。


おおよそ、あの上司に言われたから、皆逆らわずに従うしかなかったのだろうと。

皆に悪気がないのなら、俺は責める必要はないと思っていた。


だが、何をされても何も言わない俺を見て、イジメがヒートアップしていった。

暴力が始まったのだ。

もちろん、殴る蹴るなど直接的な暴力ではない。


事故に見せかけた攻撃だ。

躓いた拍子にぶつかってきたり、手が滑って辞書を頭に落とされたり、そういった攻撃が増えてきた。


だがそれでも、俺は何も言わなかった。

この人達は逆らえないから仕方なくやっていると、敵はあの上司1人なんだと、思っていたからだ。


だが、それは違った。


ある日同僚の男に言われたのだ。


「お前何も言わないから、いいストレス発散になるわ」


と。

それを聞いた瞬間、頭が真っ白になった。


敵は上司1人じゃない。

俺をイジメてきた全員だったのだ。

皆、俺でストレスを発散していたらしい。


俺は馬鹿らしくなり、すぐに辞表を書き、今に至る。



絶対にいい会社が見つかる。と意気込んではいたが、現実は非常で、来るのはお祈りばかり。


そりゃそうだ。

会社でどんな事があろうと、履歴書に出るのは、"新卒で入った会社を6ヶ月で辞めた"情報しかないのだから。


そんな世の中で、世界は平等だと、本当に言えるだろうか?


「はぁ…辞めだ辞めだ。こんな暗い考えしてたら、気が滅入っちまうわ。寝よ」


そう言って布団をかぶると、お腹がなった。

どんなに金に困っていても、無条件に腹は空く。


俺はため息をついてから、コンビニへ向かった。


コンビニで弁当1つと野菜ジュースと、明日食べるおにぎりを買い、コンビニを出た。

自宅につき、俺はふと思う。


はぁ…人生やり直せないかなぁ


すると、横から激しい光に照らされた。

だがおかしい、ここには車なんて通らないはず…!


激しい光に包まれ、目を閉じる。


そして、再び目を開けると…


「え…どこだここ」


思わず声が出てしまった。

俺はさっきまで自分の部屋に居たはずだ。

なのに今は木で出来た小屋の中に居る。


目の前にはクワと食物の種らしき物がある。


っていやいやいや…!


「何処ここ!?え!?何ここ!」


頭が混乱する。


コンビニ出る→家帰る→光に包まれる→目開けたら小屋。


訳が分からない!

もしかしてあの世…?


いやいや、そんなわけない。だって死んでないもん俺。


小屋の扉を開けると、そこには村があった。

かなりボロいが、木造の小屋が何個もあった


どういう事だ…?


もしかして…異世界?

いやでも、そんな事ありえるのか…?


「え…?誰ですか…?」


少し歩いているといきなり、後ろから声が聞こえた。

俺はバッと振り返る。


そこには、木で出来たバケツに水を入れた金髪青目の美少女が居た。

雰囲気は大人しい感じで、髪は肩まで伸びた綺麗な髪。

年は高校生くらいか…俺は思わず、見惚れてしまった。


「えっと…あの…?」


何も言わない俺を見て、また少女が口を開く。

あ、やべ、俺無言だった…!


「あ!えっとはじめまして!」


いきなり大声を出した俺を見て、少女がビクッと身体を震わせる。


「は、はじめまして…もしかして、旅をしているお方ですか?」


と、少女が聞いてくる。


旅…?あー…確かにジャージ姿の俺と、この少女の服装は全然違うもんな。

少女の服は長いワンピース型で、よく漫画などで見る平民の服だった。


…よく見ると服汚れてるな…あまり裕福ではないのかもしれない。


「はい、そうなんです。目的もなく旅をしています」


俺は嘘をついた。

だが、本当の事を話しても信じてはもらえないだろうし、仕方のない嘘だ。


俺がそう言うと、少女は悩んだ表情をした後、頭を下げた。


「お願いします…!助けて下さい…!」


「え、えぇ…!?」


なんだ!?急にどうした!?


俺は思わず立ち上がる。


「父が…村の皆が…このままじゃっ…!」


少女は、涙を流す。


「お、落ち着いて下さい!まずは落ち着いて!ね!」


「は、はい…」


俺は、少女が泣き止むのを待った。


「落ち着きましたか?」


「はい…急にごめんなさい」


「大丈夫ですよ。 …で、村の皆がどうしたって?」


「はい…実は…いえ、実際に見てもらった方が早いですね。 ついてきてはいただけませんか…?」


「わかりました、行きましょう」


興味の方が勝ち、俺は少女についていった。

村を進んでいると、俺は唖然とした。


村はほぼ壊滅状態だったのだ。


地面に草は生えておらず、家の木はボロボロで穴だらけ、畑には何も生っていないし、村人の姿もない。


「こちらです…」


少女に連れられ、とある家に入ると、そこには、ベッドに寝たきりの老人が居た。

見た感じ50代くらいだろう、咳をしており、かなり苦しんでいる。


「私の父であり、この村の村長です…」


「これは…」


「実は、皆死の病に倒れてしまって…私のようにまだ症状が軽い人はいいのですが、症状が重い人はこのように寝込んでしまって…」


なるほど…だから人影がなかったのか。

皆自宅で寝込むか看病をしているのだろう。


「お願いします…!どうか、父を…皆さんを助けてはいただけないでしょうか…!」


少女は土下座をしてくる。


「あ、頭を上げて下さい…!」


これは困った…俺には医学の知識なんかないしな…

でもこのまま放っておくわけにもいかないし…くそっ…!

どうすれば…


俺は老人の顔を見る。

かなり痩せ細っており、息もか細い。


症状が軽い人重い人でここまで差があるとすると…


ダメだ風邪くらいしか思い浮かばねぇ…

でも風邪だと痩せ細ってる事に説明がつかないし…


「そうだ、症状が軽い人、重い人に共通点とかってありますか?」


「共通点、ですか…? んー…軽い人は若い人で、重いのは年配の方ですかね…あ、あと、重い人は父のようにどんどん痩せ細っていってしまって…」


「なるほど…失礼ですが、食事は?」


「ご覧いただいた通り、食料が育たないので、もう何日も食べていません…少ない食料は皆さん子供に分け与えていました」


なるほどな…大体分かったかもしれない。

俺の予想が正しければ、これは死の病なんて物じゃない。


「安心して下さい。 村人は全員治してみせます」


「え、ほ、本当ですか…!? 」


「はい。ではまず、症状を説明すると、これは単なる風邪です」


「か、風邪…?そ、そんな訳…!」


「風邪じゃないって言いたい気持ちは分かります。 厳密に言うと、栄養不足+風邪って感じですね。

栄養が足りないから免疫力が弱くなり、その結果、普通の風邪よりも症状が重くなってしまうんです」


さっきまでは病のせいで痩せ細っていると思っていたが、違う。

痩せ細っているから症状が重かったんだ。


「免疫力…」


「はい。さっき、何日もご飯を食べてないと言っていましたよね。原因はそれです」


「で、ですがこの村に食料は…」


そう。この村には食料がない。


だから仕方ない。


「ここに、私の食料があります。 これを今から皆さんに少しずつ食べていただきます」


腹は膨れないだろうが、少しでも栄養は取れるはずだ。


「村人は何人いますか?」


「あまり大きな村ではないので、私を含めて100人程です」


「その中で重症者は何人ですか?」


「父を含めて20人程です…」


20人か…かなり無茶しないとギリギリだな


「分かりました。ではまず、綺麗な水とコップとお椀を用意していただけますか?」


「は、はい!」


そう言うと、少女はさっき川で汲んだ水を持ってきた。

俺はコップに水を9割程入れ、そこに野菜ジュースを入れた。


野菜ジュースには栄養が沢山含まれている。薄めるとほぼ水だが、多少の栄養は取れるはずだ。


そのあとは、お椀に弁当を少し盛る。


「よし、これを食べさせて上げて下さい。 正直賭けの要素が強いですが、何も食べないよりはマシなはずです」


「わ、分かりました! お父さん、頑張って食べて…」


少女は、ゆっくりと食べさせ始めた。


「食べさせ終えたら、他の村人にも同じように食べさせて上げましょう」


「は、はい!」


俺達は、家を周り、食料を少しずつ分け歩いた。


皆に食料を分け与えてからまた家に帰ると、少女が頭を下げてきた。


「貴重な食料を分け与えていただき、ありがとうございました…!!このご恩は一生忘れません…!」


「いえいえ、まだ治っていませんし、まだお礼は言わないで下さい。 あと、はいこれ」


俺は、余った弁当の食料を少女に渡す。


100当分した食べ物の、最後の残りだ。


おにぎりと弁当を100当分したら、一人当たりの食料がかなり少なくなってしまったが、あとは願うしかない。


「いいえ、それは受け取れません。私の事はいいので、どうかお食べ下さい」


少女はそう言ってきた。

どうやらこの子は本当に優しい子らしい。

常に自分は後回しにしている。


だが、ここは男として譲れない。


「俺は昨日もご飯食べましたし、食べなくても平気ですよ」


「で、ですが…」


「貴女が食べないなら、今ここでこの弁当を地面に叩きつけます」


「えっ…!?」


多少強引だが、こうでもしないと永遠に終わらないだろう。


「わ、分かりました…では、いただきます…」


そう言うと、少女は残った弁当を食べる。

食べながら、少女は泣き出した。


「美味しい…美味しいです…」


何処でも売っている普通の唐揚げ弁当。

その唐揚げ弁当の100分の1程。

少しのご飯と、かなり切り刻んだ唐揚げ。


そんな物を、この子は泣きながら食べている。


やはり、この世界は不平等だ。


「ごちそうさまでした…!」


少女は綺麗に食べ終えると、涙を拭き、笑顔を見せてきた。


「あの、本当にありがとうございました…!」


「いえいえ、気にしないで下さい」


「あ…!そう言えば、名前…!」


そうだ。まだお互いに名前も知らなかったんだ。


「私、ソニアといいます!」


「俺は一之瀬陽太です。あ、一之瀬は苗字…えっと、家名なので、陽太って呼んでください」


「か、家名…!?き、貴族の方なのですか…!?」


「へ!?貴族!?」


「だ、だって…家名は貴族の方にしか…」


あーなるほど…そういう決まりがあるわけか。

やっぱり、ここは俺がいた世界とは違いすぎる。


どうやら俺は、異世界に来てしまったらしい。


「あー…えっとごめんなさい。俺は貴族ではないですよ。 ただの旅人です」


「え…でも…いえ、分かりました。ではヨウタさん!よろしくお願いしますね!」


どうやら、深入りはしないようにしてくれたらしい。ありがたい。

これから名乗るときは名前だけにしなきゃな。


「そうだ!ヨウタさん、良かったら今日はウチに泊まって行きませんか?もう夜遅いですし…」


確かに、もう暗いし、寝る場所が無かったからありがたい提案だが…

こんな美少女と屋根の下は緊張するぞ…


でも断るわけにも…


「いいんですか?ではお言葉に甘えて」


お言葉に甘えちゃったよ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

次の日


昨日は客用の部屋と布団を貸してもらい、なんとか眠る事が出来た。

正直夢じゃないかとも思ったが、どうやら俺は本当に異世界に来てしまったらしい。


さて、昨日は食料を全員に分け与えたが、まだ全然食料不足だ。


若い男性はいたが、栄養不足により力が出ないから、自力で食料を調達する事が出来ないのだろう。

つまり、今この村で1番体力があるのは俺という事になる。


だから今日は川で魚取りでもするかな。


そう思っていると、部屋の扉がガラッと開いた。


「よ、ヨウタさん…!!!」


そこには、涙を流したソニアさんがいた。


「ど、どうしたんですか!?」


「父が…皆が…!!」


え、もしかして…全員死ん…


「元気になったんです!!」


「…え」


「おぉ、貴方が娘の言っていた方ですか!今回は助けていただき本当にありがとうございます。今朝起きたら身体中から力が湧いてきて…!」


ソニアさんの後ろから、昨日まで寝込んでいた老人が顔を出した。


いや待て待て待て待て…!

いくらなんでも早すぎないか…!?

薬なんて使ってないし、9割水の野菜ジュースと100分の1の唐揚げ弁当とおにぎりだぞ…!?


それで力が湧くわけが…


「実は私もなんです!食べた事ない食べ物だったんですが、まさかこんな効果があるなんて…!」


えぇ…ソニアさんも…?

まぁとにかく、元気になったんならいいのか…?


「あ、失礼しました。私はソニアの父、ガレアといいます」


「はじめまして、ヨウタといいます」


「ヨウタ様。よければしばらくウチへ泊まってはいただけませんか。旅の途中だとソニアから聞いたのですが、ぜひおもてなしをさせていただければと」


「いえいえそんな!悪いですよ」


「ヨウタさん、私からもお願いします」


「はい喜んで」


喜んじゃったよ。ソニアさんに頼まれたら断れないんだよなぁ…

まぁ、行く当てもないし、ありがたく泊まらせてもらうかな。


そのあと村に行くと、村人全員から感謝された。

どうやら皆に効果があったらしい。


もしかしたら、俺の世界の食べ物はこの世界の人達には効果が出やすいのかもな。


だが、まだこの村の状況が解決した訳じゃない。


まず根本的な食料問題から解決しないとな…


「ヨウタさん…あの…」


俺が部屋で考えていると、ソニアさんが話しかけてきた。


「はい、なんでしょう?」


「えっと…昨日のヨウタさんを見て思ったのですが、ヨウタさんの知恵を貸してはいただけないでしょうか…?」


「知恵…ですか?」


「はい。ヨウタさんは、私達では考えも及ばないような事を思いついてしまう程頭がいいです。なので…その力で、この村を助けては下さいませんか…?」


まさか頼み込まれるとは。


「頼まれなくても、元からするつもりでしたよ」


俺はそう言って笑う。

俺がこの世界に来たのも、来て初めて会ったのがこの人達なのも、きっと何かの縁だ。


俺が持つ少ない知識をフルに使って、この村を発展させてやろう。

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