第6話 カッコいいって言って欲しい
稽古はお昼の十二時まで。
礼に始まり、礼に終わる。最後も座礼で今日の稽古は終了だ。
「今日は、ありがとうございました」
雫さんは、ぺこんと頭を下げた。
ふわりと浮かべた雫さんの笑顔には、毎回感じていた胡散臭さはなかった。
「入会勧められたの?」
「うん。楽しかったけど、この姿をずっと続けるつもりはないから」
「そっか」
この女の子の姿は一時的なものだったと思い出す。
ちらり、と遠の様子が気になってしまう。
遠はひとり居残って、
稽古の後、体育館の使用時間が九時から十三時まであるので、遠はいつも一時間だけ自主練習をしている。
「りん、着替えないの?」
「わたしはこのままでいいかな」
似合いもしないワンピースに着替えるのは気が引けてしまう。
「着替えてきて」
「でも袴の方が自転車乗りやすいし」
「だめ。帰りもボクが、りんを乗せて走りたい」
「でも」
「だめだめ! りんにぎゅっと掴まっ……とにかくあのワンピース姿、もう一度みたいな?」
しずちゃんの姿で、上目遣いで訴えてくる表情は本当にかわいい。
ね? と邪気のない笑顔を向けられ、わたしは悟った。
これは断る方が面倒くさいやつだ。
「……わかったじゃあ着替えてくる。しず、ちゃんは皆の後ね」
「うん!」
この時、雫さんが何をしようとしているのか。わたしは知る由もなかった。
* * * *
「凜ちゃん! 大変!」
先に帰ったはずの美沙さんが、更衣室に飛び込んできた。
「どうしたんですか?」
「遠くんとしずちゃんが、戦ってる!」
「ええっ!!」
一体何が起こったっていうの?!
美沙さんの後を追うように、体育館へ駆け込んだ。
「めえーんっ!」
ぱあんっ! となぎなたがぶつかり合う音が響く。
この声は雫さんだ。
体育館に飛び込むと、防具を付けた遠と無防備な雫さんの姿だった。雫さんが一方的に遠に打ち込み、遠はその攻撃をすべて受け止めている。
「打ち込み稽古……?」
「へえ、しずちゃんさっきとは全然動きが違うじゃない。本当に初心者?」
「本当に初心者なはずなんですけど」
すごい。もしかして遠よりも上手いんじゃないかって思うくらい。
「それにしても、美少女が戦う姿って、絵になるわねぇ」
うっとりと美沙さんが呟く。
確かに。たなびく長い髪。
細くしなやかな腕が素早くなぎなたをさばく仕草。
食い入るような真剣な眼差し。
遠がかすんでしまうくらいカッコいい。
「小手すねぇっ!」
小手はかわされてしまったけれど、続けて繰り出した脛打ちが決まった。途端、二人は間合いを取り立礼をする。どうやら終わったようだ。
我に返ったわたしは、二人の方へと駆け出した。
「しずっ、さん! 遠も何やってるの?!」
「あ、りん! 見てた?」
ふりふりと手を振る雫さんに詰め寄った。
「一体何やってるの?!」
「何って打ち込み稽古だよ。本当は遠くんと試合をしたかったんだけど、ダメっていうから」
「そりゃそうだよ。しず、さんは初心者なんだから」
「でも一本取ったよ」
雫さんは自信ありげに胸を張った。
「……え?」
美沙さんと顔を見合わせる。
すると面を取った遠が、ばつが悪そうに説明してくれた。
「あー……試合はさすがにできないからさ。かわりに俺から一本取ったら勝ちってことにしたんだ」
全部受ける自信あったんだけどなあ。と遠はぼやくけれど、どこか楽しそうだ。
「で、りん。わたしカッコよかった?」
期待に満ちた目で雫さん尋ねる。まるで褒めて褒めてと尻尾を振るワンコみたいだ。
「ええと……」
もしかして、わたしが遠のことばっかり褒めていたから?
「……ねえ、カッコよかったでしょ?」
だんだん自信がなくなってきたのか、雫さんの見えない耳と尻尾がしょんぼりとしてきた。
あ、これも……面倒くさいやつだ。仕方がないなあもう。
「うん、カッコよかったよ」
「でしょでしょ」
途端、ぱあっと雫さんの表情が輝いた。
遠よりもカッコよかったよ、と心の中で付け加えたのは内緒にしておこうと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます