第2話 自称神様あらわる

 こんな朝早くから、へんな人がいる!

 もしかして、不審者ふしんしゃ?!


「失礼だな、不審者じゃないよ。神様だってば」


 まるで心を読んだかのように、自称神様はたしなめる。


「ずっとお社の手入れをしてくれて、ありがとう。これからは屋敷神様じゃなくて、しずくさんって呼んでね。よろしく」


 握手! と手を差し出してきた。


 どうしよう。やばい人だ。

 呆然としている間に握手は終わり、そのまま手を引かれて立ち上がった。


「さて、おりんちゃんのお願い事は……好きな男に好かれたいだったね」

「さっきの聞いてたの?」

「もちろん」


 穴があったら入りたいって、こういう気持ちなんだ!

 みるみる真っ赤になっていくわたしを見て、自称神様はにっこり笑った。


「でも、人の気持ちを無理矢理変えるのは良くないかな」


 やばい人に、すごくまっとうなことを言われてしまった。


「……頑張ったけど、どうにもならないことだってあるでしょ?」

「ふうん、どういう風に頑張ってきたんだい?」

「…………なぎなたを、遠が夢中なものを、一緒に頑張ってきたの」


 これまでのことを話すと、自称神様は難しい顔でうなった。


「……恐らく遠にとってのおりんちゃんは同志、一緒に切磋琢磨せっさたくましてきた仲間でしかなんじゃないかな」

「……そうなの?」

「そ、恋愛対象ではない」


 確かにそのとおりかも……だって遠は、たまに応援に来る珠貴たまき姉ちゃんが好きなんだから。


「頑張る方向を間違えちゃったか……」


 あはは、と笑うとなぜか涙が零れてしまう。

 慌てて手で擦ろうとしたら、自称神様が涙をそっと拭ってくれた。


「ごめん……泣かないで…これでも食べて元気を出して」


 お供えものに手を伸ばすから、一気に涙も吹き飛んだ。


「待って! それ神様のお供え物!」

「うん。だからボクのだろ?」

「ダメだってばたたりが、神様に祟られちゃう!」

「お供え物くらいで祟るほど、了見りょうけんは狭くないつもりだよ?」


 ニコニコ笑いながら、ポテトチップスの封を開けてしまう。


「うん、美味い。ほらおりんちゃんも」


 ……もう知らない!

 ヤケになって、差し出されたポテトチップスに手を伸ばす。


 こんな朝早くから……何やっているんだろう。お母さんに見られたら絶対に怒られるだろうな。


「これ、開かない……」

 今度はラムネに手をつけたか……。

「貸して。開けてあげる」


 ラムネ瓶を受け取ると、ビー玉を中にポンと押し込んだ。


「はい」


 栓が開いたラムネ瓶を差し出すと、きらきらした目で自称神様は受け取った。


「ありがとう。優しいねおりんちゃん」


 眩しいくらいの笑顔。イケメンの笑顔って、ものすごい威力だ。やばい人だってわかっているのに、悪い気がしない。


「いつもおりんちゃんが頑張っていることを、ボクはちゃんと知っているよ。君は真っ直ぐで頑張り屋さんな女の子だ。君の魅力に気づかない男なんて、もう放っておけばいいんじゃない?」


 いい加減なことばっかり言って。


「知っているっていうわりには、わたしの名前、知らなかったよね?」

「残念でした。神様だって万能ではありません」


 しれっとした顔で、ごくごくとラムネを飲む。

 ああいえばこういう。よくも神様だなんて言えたものだ。


「それ飲んだらもう帰って」


 いつまでも、この自称神様の相手をしているわけにはいかない。

 立ち上がると、お尻の土ぼこりを払う。


「困ったなあ。帰っても何も、ここが住まいだからなあ」

「あんまりしつこいと、警察を呼びます」

「あ、ひどい。神様だって信じてないでしょ」

「当たり前でしょ。神様なんて証拠あるの?」

「……証拠ねえ」


 自称神様の雫さんは、少し考えてから、ぽんと膝を打った。


「よし! とおるくんとやらが、君に相応しい男か吟味ぎんみしてやろう」

「それ、神様って証拠になるかな……」

「願いを叶えるかはそれ次第! あ、なぎなたの稽古があるんでしょ? ボクも一緒に行くから」

「嫌です」

「もちろん、この格好でとは言わないさ」


 指をパチンと鳴らした途端、ふわりと雫さんの姿が揺らいだ。


「うそ……」


 そこには目が覚めるような美少女が立っていた、

 年はわたしと同じくらい。身長もわたしと同じくらい。ただ服装は元のままで、足元の下駄もそのままだった。


「どう? おりんちゃんの友達っていうことなら、怪しくないでしょ?」


 美少女に変身した雫さんは、可愛らしくウインクした。

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