ラブ,ドール

サンカラメリべ

ラブ,ドール

奏斗かなとくんは本当に私のことが好きね」

「お前じゃない。お前の容姿だ」

「そう。いつになったら私のことを見てくれるのかしら」

「俺は人間が嫌いだ。生きていようが死んでいようが関係ない。俺が好きなのは人形だけだ」

「人形の何がそんなに好きなの」

「そんなことを教える義理は無い」

「いいえ。私の容姿をそうやって貸してあげてるのだから、これぐらい答えて貰うのは当然よ」

「人形はただそこに佇んでいることを望まれて生まれる」

「それだけ?」

「それだけだ」

「なら、ここにいる私は人形よ。今の私はただ、貴方にここにいることだけを望まれているのだから」

「・・・・・・」


*****


柚賀ゆいが先輩! おはようございます!」

「あら、おはよう鉢嶺はちみねさん。今日も可愛らしいリボンをつけているわね」

「えへへ。このリボンお気に入りなんですよー。あのー、それで先輩、今日は放課後の予定とか空いてます?」

「放課後は予定があるわ。だから、ごめんなさいね」

「ぶぅ。いっつも予定があるじゃないですか。偶には私の為に予定を空けといてくださいよー」

「私にとってはどうしても外せない用事なの」

「そんなぁ。毎日毎日、何をやっているんですか?」

「それは内緒よ」

「気になります!」

「そんなに?」

「はい!」

「じゃあ、ちょっと質問しようかしら。ピグマリオンコンプレックスって知ってる?」

「え! コンプレックスの話ですか? 先輩はすっごく美人なのに、何かコンプレックスを抱えてるんですか?」

「そういうことじゃないわ。ただ、この言葉知ってるのって聞いただけ。その様子じゃ知らないようね」

「ああー。すみません、先輩」

「謝らなくてもいいの。ピグマリオンコンプレックスっていうのはね、ギリシャ神話のキュプロスの王ピグマリオンが由来になっている言葉なの。この王様は自分が彫った人形が好きすぎて、神様にお願いして人形に命を宿してもらったの」

「えー! 人形を人に変えちゃったってことですか!」

「そうよ」

「凄い王様ですねー。でも、ちょっとわかるかも。私も小さい頃はお気に入りのお人形さんとお話ししたいなぁ、なんて思ったりしましたもん」

「人形は形作るものだから、自分の好みの要素をいくらでも詰め込める。憧れの人という漠然としたイメージに形を与えちゃうわけね。だから、そうした理想像に感情移入しちゃってほとんど恋わずらいみたいなことになるのは、奇妙なことだけどありえなくはない」

「そうかもですねー」

「でもね、さっきの神話の話に戻るけど、実はこの王様の他にも人形を溺愛した王様の話があるの」

「その人も人形を人に変えて貰ったんですか?」

「それがね、違うのよ」

「違う?」

「普通の人には理解できないことだけど、その王様は、何もしてくれないからこそ人形である“彼女”を愛しているのだ、と言ったそうよ」

「え? え? 何もしないからこそ愛してる? なんですかそれ? ヒモを養ってる人?」

「そんな面白い感想を抱く鉢嶺さんのこと、私は好きよ」

「好き⁉ 先輩の口から好きって言ってもらえた! 嬉しい! 死にそう!」

「死なないで鉢嶺さん」

「はい! 死にません! あの、でも、それが放課後の用事と何の関係があるんですか?」

「関係ないわ。少なくとも貴方には」

「そんな」

「あら、もう予鈴が鳴りそうよ。早く自分の教室に行きなさい」

「はーい。それでは先輩、またお話ししましょうね!」

「ええ」


*****


「・・・今日も来たのか。飽きないのか?」

「私が提案したことですもの。飽きなんて来ないわよ」

「俺としては助かるが、俺に構わず友人と町を回っていた方が良いだろうに。朝もお前に懐いていた後輩と話していただろう? あの後輩のお願いを聞いたりしないのか?」

「今日はやけに話すわね。あの子には悪いけど、放課後にこうやって貴方の前にいることの方が私には重要なの」

「イかれているな」

「放課後に付き合ってもいない異性の家を訪れて、裸のモデルをやっている。口に出すと甚だおかしいわね。それに、その異性の方も美人な同級生が裸で目の前に立っているのに一切手を出さず人形制作に夢中になってる」

「自分で言うか。美人って」

「ええ。私は美しいもの。貴方に見初められるくらいにはね」

「どうしてそう俺に構う?」

「今日はどうしたの? 私のことをえらく気にかけてくれているけど、心変わり?」

「別にいいだろう。質問に答えてくれ」

「私が貴方のことを好きだからよ、奏斗くん。正確に言えば、貴方が作っている人形を、ですけれど」

「光栄だな」

「そこで残念がらないのが貴方らしいわ」


*****


「先輩先輩先輩! 柚賀せんぱーい!」

「どうしたの鉢嶺さん。朝からそんなに興奮すると、疲れて授業がままならないわよ」

「そんなことはいいんですー! それより、先輩は昨日放課後何してたんですか!」

「何って、家に帰っただけよ」

「かー! 違います! 私、昨日あんまりにも先輩のことが気になり過ぎて放課後に先輩の後をついて行ったんですよ!」

「まぁ。気付かなかったわ」

「そしたら、先輩は先輩の家とは全く別の家に入ってって中々出てこないじゃないですか! これはもう事件だって徹夜であの家のことを調べたんです!」

「徹夜したの? それなら貴方がこんなに興奮しているのにも納得がいくわね」

「そしてわかったんですよ! あの家は先輩のクラスメイトの雛形奏斗ひながたかなとって人の家らしいじゃないですか! 先輩はあの家で何してたんですか!」

「声が大きいわ。公衆の前では慎みなさい」

「はぃぃ。でも、教えてください。いつも用事用事って、あそこで何をしてたんですか? まさか彼氏だったりするんですか? 私という後輩がいながら・・・許せません!」

「ええっと、どういうことかしら? 一回徹夜したくらいでは到底明らかにならないことだと思うのだけど、どうやって調べたの?」

「学校のサーバーをハッキングしました」

「それはまぁ、凄いことね。褒められたことではないけれど」

「これも先輩への愛ゆえです!」

「愛、ね」

「教えてください! 先輩のことをもっと知りたいんです!」

「それなら、貴方にも何か代償を支払ってもらわなきゃね」

「代償、ですか? この命ならいくらでも! 先輩の為とあらば!」

「そう。あそこはそんなに私のことを愛してくれている貴方には刺激が強すぎるだろうけど、それでも私の言うことを聞けるかしら?」

「絶対!」

「なら、貴方のことも連れて行ってあげる。愛しい私の展覧会に」


*****


「あへぇぁ? せんぱいがいっぱいぃぃぃぃ。うひゃぁぁあぁぁ」

「心配して損した。この子もこっち側だったのね」

「おい。なんでそんな奴を連れてきた」

「この子も私のことが大好きみたいだから」

「俺はお前のことが好きなわけじゃないぞ」

「こんなにいっぱい私のことを作ってくれているのに?」

「しゅごしゅぎましゅぅぅぅぅ。ここでくらしたいぃぃぃぃ」

「そいつ大丈夫か? 言語崩壊を起こしてるぞ」

「たぶんこれで正常よ。わざわざ私の為に学校のサーバーにハッキングをかけて、一日で私たちの繋がりを暴いた子だから」

「聞いて損した。俺が人間嫌いなのを知っていてよくそれを連れてこれたな」

「この子、普通の人間っぽくないでしょ? だからセーフかなって思ったの」

「何がセーフだ。面倒な奴を連れ込みやがって」

「せんぱいがいち、に、さん・・・」

「この子のことは放っておきましょ。いつも通りあそこに立っているわね」

「ああ」

「あれぇ? あんでせんぱいはだかになってりゅのー? あれれれぇ? でもみんなはだかだぁ」

「ああ、もう。煩いな。お前は奥の部屋に行ってろ」

「おくのへやですかぁ? そこにいけばもっとせんぱいがいますぅ?」

「そうだ」

「やったぁ!」

「ったく。これだから人間は嫌いだ」

「それにしては嬉しそうね。貴方が嫌いな人間は貴方のことを否定する人間だけなんじゃない?」

「煩い。静かにしてくれ。集中する」」

「うふふふ。その情熱的な瞳がいつか私に向いてくれることを願っているわ・・・」


*****


「今日はもうこれぐらいだろう。いい加減帰らせないとお前の親に怪しまれる」

「私の両親は心配性だから、仕方ないわね。本当はずっとここにいても良いくらいなのに。貴方の親はまだ旅から帰ってこないの?」

「どちらも世界中を旅してる。それに、俺の両親は俺に理解があるからな」

「それを育児放棄っていうのでしょうけど」

「金は送られてくるから十分子どもを見てるさ。金さえあればなんとかなるものだ」

「そ。私としても、この時間が誰にも邪魔されないから好都合よ。それにしても変ね。鉢嶺さんが静かにしてるなんて」

「あいつは何なんだ? 人の皮を被った野生動物か?」

「いいえ。あの子は私のことが好きすぎるだけの女の子よ。入学したばかりの時はまだまともだった気がするけど、もともとそういう素質があったってことじゃないかしら」

「お前に狂わされたようなものだろう。はぁ。あいつを追い出すのは面倒だな。駄々をこねて騒がれると困る」

「あの子は私の言うことを無条件で飲み込むから、騒がせないわよ。さて、鉢嶺さん? そろそろ帰る時間よ」

「・・・」

「返事が無いぞ。明らかにまともじゃなかったから、気絶でもしてるんじゃないか?」

「気絶するほど私のことを好きなのも困りものね。ちょっと奥を覗いてもいい?」

「さっさと起こして帰らせろ」

「ええ。・・・あら」

「どうした?」

「鉢嶺さんったら裸になって寝てるわ。これじゃあ風邪をひいてしまうわね」

「なんで裸になってるんだ?」

「ちょっとエキサイトしちゃったみたい」

「なんだと? 奥の部屋にあるものは失敗作がほとんどだから汚されても構いはしないが、あいつはどうしようもない変態だな。掃除が面倒だ」

「仕方ないわね。明日も学校があるのに。ほら鉢嶺さん。起きなさい」

「んむぃ? あ、しぇんぱ・・・先輩⁉ ここは? 私はいったい何を?」

「はやく服を着なさい。帰るわよ」

「どうして私裸なんだっけ? たくさんの先輩に囲まれて、嬉しくなって、それで・・・」

「思い出さなくていいわよ。私はここにいるんだから。ふぅ。ちゃんと服を着たわね。それじゃあね、奏斗くん。また明日」

「ああ。そいつはもう連れてくるなよ」

「それはこの子次第よ」

「んっと、よくわかんないけど、さようならー」


*****


「柚賀先輩おはようございますぅ」

「おはよう鉢嶺さん」

「先輩、私、夢を見てたんですかね? 昨日はなんか寝ちゃってよく覚えてないんです」

「幸せな夢は他人に教えてはいけないものよ。良い夢を見たなら、胸の内にしまっておきなさい」

「わかりましたぁ」

「昨日はあんなに興奮してたのに、今日はとても疲れているようね」

「一昨日徹夜した反動ですよぉ。眠いぃ」

「なら今日は早く帰って寝なさい。徹夜は美貌の敵だから、もうしちゃ駄目よ?」

「了解ですぅ」


*****


「今日は連れてきてないようだな」

「あの子は連れてきてないわよ。さすがに刺激が強すぎて疲れちゃったみたい。記憶も飛んでたみたいだし」

「どうせまた来るんだろう。そう都合よく忘れるとは思えない」

「そしたら私がまた家に帰すわ」

「そういう問題じゃない」

「いいでしょ? あの子が私たちの関係を邪魔するわけでもないし」

「面倒が増える」

「まぁまぁ」

「はぁ」

「・・・こうして窓から差し込む夕日を背後に、私は全てを取り払って貴方の前にいる。私の瞳は貴方を見つめ、私の吐息は二人の空間に解け消えていく。オレンジ色の光に照らされる私の胸の膨らみ、腰のくびれ、太もものライン・・・全てがただ貴方の前に存在している。それでも、貴方は私ではなく、私を写した瞳の中の虚像ばかりに熱中している。それに私が不満であることを、貴方も理解しているんでしょう?」

「・・・そうだな。理解もしているし感謝もしている。俺がお前の絵を描いていただけで、それが人形のモデルになることまで見抜かれたのはビビったさ。それどころか自らモデルになることを志願するイかれた女だとは思いもしなかった。おかげで満足のいく造形に少しずつだが近づけている気がする」

「それは良かった」

「お前は俺に何を求めているんだ? 正直、俺は貰い過ぎている。何が欲しい? 金か? 自分で言うのも何だが、俺が彫る人形は出来が良い。これは戯言ではなく、俺が彫った人形が実際にネットオークションで売れているから言えることだ。まぁ、お前をモデルにしたものは売ってないが。それで得た金をどうかしたいのか? それとも俺をお抱えの人形師にでもしたいのか?」

「そんなことはしないわ。私は美しく、出会ってきた人々の瞳を全て完璧に奪ってきた。そこに私が奪えない瞳が現れたから、それが欲しくてたまらないだけ」

「おかしな奴だ」

「頬が緩んでるわよ。でも、まだ奪いきれないわね」

「俺の瞳は人形にだけ注がれているからな」

「人形の私が憎いわ。憎くて憎くてたまらない。でも、それ以上に貴方のことを許せない」

「だったらどうする?」

「貴方の人生の最高を、私で埋め尽くしてあげる」

「恐ろしいことだ」

「うふふふ。さぁ、私の人形に、私の全てを刻みつけて。貴方の魂を込めるように。消えない傷を彫って、私の瞳が人形にも宿るように。許されない罪が、いつまでも二人の間にあるように・・・」

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ラブ,ドール サンカラメリべ @nyankotamukiti

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