第19話 都市アルダに暗躍の影


「ううむ……やはり一気に人口が千人くらい増えないと、大手商会は都市アルダに来てくれないか」

「そうね、人のいないところに店は出さないね。それとこれ、グモブ公爵家から手紙が来てるね」

「グモブ公爵? 伝手も何もないはずだが……」


 屋敷の執務室で悩んでいると、オバンドーが公爵家からという手紙を渡してきた。


 公爵家といえばそうとう偉い貴族である。


 この世界の爵位は地球の中世ヨーロッパと同じだ。


 偉い順に左から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵となる。


 公爵は王族の親戚でありこれより上は王族関係になってしまう。


 もちろん男爵程度の俺には公爵の知り合いなどいない。


 都市アルダが発展していた時は金持ちだったので、その関係で親父ならば面識があったかもしれないが。


「なんてかいてあるの?」


 サーニャが興味津々に手紙の便せんをのぞき込んでいる。


 俺もすごく気になるので便せんの中の手紙を開いて読むが……。


「えーっとなになに。都市アルダは速やかにライジュールを差し出すように。彼の者はすでにバルガスとの契約で、金を払って買い受けている。それを譲渡しないのは契約違反で……なるほど、偽造手紙か」


 俺は手紙をぐしゃぐしゃにしてそこらに投げ捨てた。


 仮にも王族の親戚の公爵が、こんな意味不明なことを言ってくるわけがない。


 バルガスに金を払ったから俺を差し出せ? 奇想天外過ぎる理屈で笑ってしまう。


「おおかた俺を誘拐して身代金でも……というバカな人間がいるんだろ。しかしあまりにもお粗末すぎて笑えるな」

「でもこの手紙、印が本物ね。私、グモブ公爵の印を何度も見てきたね」

「公爵の屋敷から便せんを盗んだんだろ。確かにこの国の王は評判が激烈に悪いしその親戚だが、いくらなんでもないだろ」


 笑い飛ばして都市アルダのことを考える。


 改善すべきことに夜の治安が悪いことがある。


 中世文明なので致し方ないのだが夜の間は外が真っ暗なのだ。


 このくらいの文明レベルならば夜は動かず寝るのが普通、なので真っ暗でもよいと言えばいいのだが……。


 現代地球文明に慣れ親しんでいた俺からすれば、なんとなくすごく嫌なのである。


 これでは夜盗とかがいくらでも闊歩できてしまう。街灯のようなものが欲しいところだ。




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 とある屋敷の豪華な部屋で、高価そうな服を着た太った男が叫んでいた。


「何故ライジュールが引き渡されないでおじゃる! マロはバルガスに高い金を支払ったのじゃぞ!」

「ば、バルガス殿はアルダ男爵に敗北しました。なので約束も反故に……」

「何を言うか! 私は前払いで金を払ったのでおじゃるぞ! こうなれば都市アルダに攻め込むでおじゃる!」


 グモブ公爵は地団太を踏んで激怒する。


 それに対して執事は辟易した顔をしながら口を開いた。


「お待ちください。攻めるには大義名分が必要でございます。グモブ様の仰ることはもっともですが、バカな万民はそれを理解しません」

「ぐっ……何と愚かな民ども……! ではマロはライジュールを諦めろと言うのでおじゃるか!? あの女子・・を六年前に見て以来、マロはずっと欲しかったのでおじゃる!」


 唇を噛みながら悔しがるグモブ。


 執事はそんな彼に軽く笑いかけた。


「なれば大義名分を作ればよいのです。都市アルダは神獣ペガサスを保護していると言い張っております。では……もしそのペガサスに何かあれば、アルダからお救いせねばと攻める名分も立つでしょう。厩舎を燃やしてしまいましょう」

「なるほど! よいのうよいのう! はようせい!」

「承知いたしました。では暗部の者をつかいます」




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 都市アルダの正門前、夜の闇に紛れて二人の男が近くの茂みに隠れていた。


 グモブ公爵の放った暗部。そんな彼らは正門を護衛している犬を見て困惑している。


「正門の護衛……人間はともかくとして、なんだあれは?」

「わからぬ、三つ首の犬とは奇怪な……しかもこちらをずっと見ているんだが……まさか気づかれているのか?」

「そんなわけはあるまい。向こうは明かりで照らされているがこちらは完全に闇だぞ……だが、あれでは門には近づけぬな」

「なら裏口を使うか。俺は元々は都市アルダに雇われてたんでな、隠し通路も知ってるぜ」

「流石は相棒だ」


 相談して正門から過ぎ去っていく男たち。


 ケルベロスはそんな彼らをじっと見ているだけだった。正門から侵入しないなら関係ないと言わんばかりに。


「「わふぅ……」」

「ZZZZ……」

「どうした? なにかあったか?」


 門番が訝しがるがケルベロスはつまらなさそうにあくびをして、男たちのことを見送っていた。


 そうして男たちは隠し通路を使って、都市アルダの内部へと入ることに成功する。


 彼らはたいまつを手に持っているが、周囲に人影はなく発見されることはない。


 更に言うなら黒装束を着ているため、松明に照らされてなお彼らの姿は見づらい。


 松明の炎だけが浮いてるように見えて、下手をしなくても火の玉お化けと思われるだろう。


「ペガサスの厩舎はどこだ?」

「こっちだ、俺についてこい。はぐれるなよ?」

「明かりがあるんだから大丈夫だ」


 そうして更に走り続ける男たち。


 だがしばらくすると……。


「むおっ!?」


 そんな悲鳴と共に、前を走っていた男の松明の炎が地面に落ちて消えた。


「お、おい……いったいどうしたんだ!?」


 残る男は周囲を見渡すが、もうひとりの姿は見えない。


 徐々に焦り続ける男だが……しばらくすると炎が見えた。


「おお、いたか」


 そうしてその炎に向かって走っていく男だったが、むぎゅっと頭に柔らかいものにぶつかった。


「つっかまえたー♪ ちょうど男が欲しかったのよねー、ご主人の言葉を借りるなら飛んで火に入る夏の虫ってやつかしら?」

「!?」


 急に女の声がして男は必死にもがくが、頭が固定されたかのように動かない。


 彼の頭はサキュバスの胸に包まれて、抱き着かれてしまっていた。


 すると松明の炎が近くにやって来て、男はサキュバスの姿を認識できたのか。


「!? なんだあんた!? 相棒は!? 俺の相棒はどうした!?」

「ああ、あっちなら魔女の魔法で釜の中に転移されたわよ。きっと酷い目に合うけど仕方ないわね、この街の裏切り者だし」

「ば、ばかな!? じゃああの松明の炎は……」


 男は松明と思っていた炎を見て驚愕した。


 その炎は明らかに人の身長より高いところにある。つまり宙に浮いていた。


 更にこちらをあざ笑うかのようにフワフワと円を描いて空中を回転する。


「あれはウィル・オ・ウィスプ。鬼火、火の玉の魔物よ。あなた、あれに誘い込まれたのよ。私という底なし沼にね……♪ 人間風情が夜に来たらダメよぉ、闇でも見える魔物に勝てるわけないでしょ」


 男は骨抜きにされてしまい、企みを洗いざらい喋らされるのだった。


 もうひとりについては……いずれ語られることもあるだろう。


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