第18話 街の門番ケルベロス


 都市アルダの人口が百人を超えた。


 もともとこの街に住んでいた者たちの中から、近くの村などに移り住んだのをケンタウロス馬車で回収した結果である。


 彼らは死の港が蘇ったと知れば喜んで返ってきてくれた。


 街に戻ってきて綺麗な海を見て、嗚咽とゲロを漏らしていたから間違いない。


 だがこの方法で集められるのはこの人数で限界だろう。


 うちから逃げて行った者たちの大半は他の港街に移住してしまっていて、しかもその時の逃亡費用の借金のせいで帰ってこれない。


 現状はうちで借金を肩代わりする余裕もないしなぁ。


 だが逆に考えるとこれはチャンスである。借金を肩代わりした住民は俺に逆らえなくなる!


 魔物の街に不満しめしたらどうなるかわかってるよね? って脅せるからな!


 まあ金がないのでとりあえず彼らのことは後回しだ。


 とりあえず都市アルダの復興に向けて尽力せねばならない。


「そんなわけでこの都市アルダの正門に、この街の説明場所を作るぞ!」

「なんで?」


 俺は都市アルダの正門前に来ていた。基本的にこの街を入るにはここを通らなければならない。


 なのでここに門番などを置けば山賊などの不埒な奴らは入ってこれない。


「門番さんをおくんじゃないの?」


 ちょこちょこついてきたサーニャが聞いてくる。


 確かに門番は必須だ。だがうちの街では犯罪者の入街を抑止するだけでは足りない。


 というか別に人間基準の犯罪者予備軍が入って来てもいい。犯罪したら捕らえて人権無視できる人的資源が増えるし。


 治安が悪くなる? たかだか山賊とか程度が、魔物闊歩するこの街でデカイ顔できるわけない。


 デュラハンとかに成敗されて即座にお縄だろうよ。何ならサトリの力で犯罪する前に捕まるまである。


 では都市アルダに入ってこられて困る者は何か。


 それは簡単だ、魔物に敬意を払えない人間ゴミどもである。


「うちの街に入る前に、この街で魔物は貴族階級であると説明する」

「魔物は貴族階級」

「それでこの契約書にサインさせる。しなけりゃ入らせない」


 俺は懐から取り出した紙をサーニャに渡した。


 すると彼女はその用紙を口に出して読み始める。


「えっと……魔物に不敬な態度を働いた場合、全ての人権は都市アルダに帰属する。……どういう意味?」

「魔物に無礼したら処刑します。もしくは一生牢獄などでも文句言わせません」

「!?」


 サーニャが目をまるくして驚いている。


 だが落ち着いて欲しい。あくまでこれは魔物に無礼したら、その可能性があるよって程度だ。


 可能性があるだけでアウト? 知らないね! この現代地球基準の悪法も、中世文明のこの世界では良法だったりするし!


「そもそも契約書も何もなく、街のルールで通してもいいんだぞ。それを前もって説明して書類にもするの偉いだろ」

「こんなルール、入って来る人はなっとくする?」

「しないなら入らなくていい」


 都市アルダにおけるルールを守らない人間は不要だ。


 この魔物様バンザイ都市法のせいで人が集まらないのでは? という考えに対してもノーと答えられる。


 何故なら言い訳があるからだ。


 世界に羽ばたくアダムス教の象徴たるペガサス様をお守りするための法だ! と言い張ればなんだかんだで大抵の人間は納得する。


 まあペガサス以外の魔物も対象なんですけどね!


「だが無論、それだけでは駄目だ。無条件で魔物だけ貴族階級で優遇されていると思わせないために……ちゃんと魔物の特権階級もルール作りするし、人間もその階級を受けることも可能にする」

「あくまで魔物基準なんだね」

「魔物の街だからな。まあそのルールの説明はおいおいで……まずは街の門番を召喚しないとな」


 不埒な奴らを都市アルダから守る。魔物嫌いをこの街に入らせないための門番。


 もちろん魔物だけに番をさせるわけではない、やはり書類の説明などは同じ人間のほうがよいだろう。


 なので門番に相応しいのは見ただけで恐ろしく、不法侵入を防げる力を持つだけでなく逃げた者を捕らえられる魔物。


「古の契約を遵守せよ。我が血と言葉を以て応ぜよ。求めるは三つ首の獣、冥界の番を司る……」


 俺の召喚に応じて馬ほどの大きさを持つ獣が現れる。


 その姿は三つの犬の首、鋭い爪や牙に逆立った毛、そして尻尾の先端は燃えて炎がついている魔物――ケルベロス。


「「オオオオォォォォォン!」」


 ケルベロスの二つの首が空へと雄たけびをあげた。


 もうひとつの首はどうしたって? 


「ZZZZZZ……」


 よだれたらして気持ちよさそうに爆睡してるよ。


「こいつがケルベロス。冥界の番犬で強いんだぞ」

「なんでひとつの首だけ寝てるの?」

「こいつは常に二首が起きて番人してるんだよ。それで一首は寝てる、つまり三勤交代制なんだ」


 人間が寝る理由も脳を休めるためらしいから、三つ首で交代に寝るのはわりと動物学的に正しい進化なのかもしれない。


 ケルベロスは冥界の門を守る番犬で、わりと頭もよくみだらに人を襲ったりしない。


 こいつが襲ってくるのは不当に通行しようとする者だけ。


 そんなわけで番犬としてはもってこいというわけだ。見てくれも怖いし。


「そ、そうなんだ……」


 サーニャもケルベロスを見て少し怯えている。


 三つ首でなかったとしても犬にしては大きいし、身体の色も黒で結構怖いだろう。


 これよりだいぶ可愛らしいはずのドーベルマンですら怖がる人は多い。


「「わうっ!」」

「ZZZZZ……」


 そんなサーニャに対して甘えるように近づいてきたケルベロス。


 そして彼女に頭をこすりつける。


「あっ、えっと……」

「甘えてじゃれてるだけだから大丈夫」

「……そう言われると少しかわいく見えてきたかも」


 そう言ってケルベロスの二つの頭を撫でるサーニャ。


 強いな、俺には捕食対象に貪りついてる犬にしか見えない。


「この犬さんがいれば、街にどろぼう入ってこれないね。においとかで捕まえられちゃうし」

「と思うだろ? 実は案外弱点が多かったりする」

「そうなの?」

「そうなの。誰が聞いてるかわからないから言わないけど」


 ケルベロスは神話でも何回も冥界への侵入を許している。


 例えば綺麗な音楽で眠らされて通られたりとか、そもそもケルベロス自体が力づくで追い出されたり。


 後者は相手が大英雄ヘラクレスなのでしかたない気もするけど。


「それでこの犬さんは何を食べるの? お肉?」


 サーニャは「よしよし」と呟きながら、ひっくり返って腹を見せたケルベロスを撫でている。


 ちょろい、冥界の番犬チョロい。

 

「肉も魚も食う。だが一番好きなのは……ぬおっ!?」


 俺が懐から革袋を取り出すと、ケルベロスはすごい勢いで俺のほうに飛び掛かって来た。


 そして俺を押し倒して、一つの首が袋をそのまま飲み込んでしまった。


「わふぅ♪」

「「がううううぅぅ!」」


 お前だけよくも! みたいな感じで吠える残りの二首。


 自分自身で喧嘩するなよお前ら……しかも三首全部起きてるし。


「落ち着け。まだもう二袋あるから座れ」


 俺がそう言って更に袋を二つ懐から取り出すと、ケルベロスはお座りの態勢をとった。


 一首だけ必死の形相で動こうとしているが、二首相手には分が悪いようだ。


「ねえライ、それ何が入ってるの?」

「魔女がつくった菓子。ケルベロスは菓子が大好物なんだよ」


 神話でも菓子を夢中に食っている最中に、冥界に忍び込まれたりしているくらいだからな。


 弱点つかれるとセキュリティがガバガバだったりする。


 そこはまあ人間の門番も一緒にいるので何とかなるだろ。


 ならなかったらその時に何か考えよう……魔物で年中不休で門番してくれるのすごく貴重なんだよ。


 大抵の魔物ってウロウロするから、その場にじっとしなくて門番にならん。

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