借金まみれの貴族ですが魔物を使ってチート内政します!

純クロン@弱ゼロ吸血鬼2巻4月30日発売

逃げ延びた先のレーム村

第1話 ペガサスの機動力は正義


 俺は地球で生まれ育ち真面目に社会人を送って来た。


 だがある日、暴走トラックにひかれて死んでしまい、異世界のエルダ家という男爵家の赤子に異世界転生した。


 転生について神様説明などがあったわけでもなく、その時はただひたすらに混乱したものだ。


 しかし時間が経つにつれて、夢でないことも理解して平穏無事に暮らしてきた。


 自分のこの世界での名前はライジュール・エルダ・ブラウン。何とも貴族っぽい名前だ。


 親からは多少は愛されて、港を持つ都市の領地貴族なのでウハウハ……だったはずだった。


 現在の年齢は十一歳、明日になれば十二歳になれてすごく楽しみなこともある。


 俺は異世界を謳歌していたのだ。かろうじて今日までは。


「もう終わりだ……エルダ家はもう終わりだ……」


 親父が机に突っ伏して嘆いている。その声音には一切の希望を感じさせない。


 俺達は臨時で借りたみずぼらしい小屋に引きこもっていた。


 端的に言うとエルダ家の現状は詰んでいる。


 ことの発端は十年前。うちの自慢の港の海にドラゴンが墜落した。


 そのドラゴンの血が海に溶けて海洋汚染が発生し、付近の海一面が血のように真っ赤に染まった。


 そしてここら一帯で魚が捕れなくなってしまった。


 しかもその汚濁によってか魔物が続々と出現し、船が港から出航しようものならすぐ撃沈させられて出せない。


 魚も捕れず船も使えない……それが十年続いた結果、自慢の港は死の港へと変貌してしまった。


 港が死んだ港町に未来などない。住民たちがみんなに逃げ出していき、もう残っているのは数十人程度。


 かつて栄華を誇った都市エルダは死んだのだ。残されたのはもぬけの人住まぬ街だけ。


 そんな中で謀反まで起きてしまった。領地防衛隊長だったバルガスが、俺達に反旗を翻したのだ。


 俺達は近くにあるレーム村に逃げ延びて村長に小屋に匿われた……いや軟禁されたと言った方がいいだろうか。


 小屋の中には親父と俺、そしてメイドであり俺と同い年のサーニャが控えている。


「ぐっ……このままでは私たちはバルガスに引き渡される……っ!」


 親父の苦悩が俺にも伝わってくる。


 そうこのままだと俺達はバルガスに引き渡される。


 レーム村の住人たちからすれば俺達は敗北した弱き領主だ。


 より強くて自分を豊かにしてくれる者に頭を下げて、弱くて不要な俺達を対価として差し出す。


 残念ながらこの国ではそれは当たり前のこと。弱い主に従うバカはいない。


「ぐっ、ぐぐぐっ……ぐはぁっ!?」

「!? 父上!?」


 親父が急に悲鳴をあげたかと思うと、白目を剥いて机の上で気絶。


 彼はビクビクと身体を震わせて、泡を吹いて…………。


「誰か! 誰かいないか! 父上が!」


 必死に小屋から出て助けを求め、村長や薬草屋が小屋に集まるが……手の施しようもなく父上は死亡した。


 おそらく遅効性の毒が盛られていたというのが、この村の薬草屋の見解だ。


 こんなところで親父が死んだら困るのに……アルダ家の責任が全部俺に降りかかるではないか!?


 メイドのサーニャはポロポロと涙を床に落としている。


「……お気の毒でしたな。では我々は用事があるので失礼いたします」


 そそくさと小屋から出ていく村長や薬草屋。彼らが出て行った後、外から声が聞こえてくる。


「あれはダメじゃ。あんな男か女かもわからんガキが領主など冗談じゃない。元領主様ならば悪い人ではなかったし恩義もあったが……息子にまで義理はないのう」

「元領主の残した宝石を受け取り次第、ガキをバルガス様に引き渡すべきだな。村の会合を開こう」


 …………畜生。最悪だ、親父への恩義という唯一の心理的壁も消えてしまった。


 もう奴らは俺達を処分するのにためらいはない。


 親父は無能であるが善人だった。税を軽くして領民の評判は良好だったのだ。


 しかも港の収益が減っていってもそれは変わらなかった。


 ……結果として税を取らなかったせいで、エルダ家は大都市を持つ割に金がなかった。


 ドラゴンが海に落ちた後も金不足で新たな産業を興したりもできなかった。


 だが領民からすれば一見すればよい領主だ。故にかろうじてとりあえずは匿ってもらえていたのだ。


「…………」


 サーニャが俺の服のすそを握りながら震えている。


 彼女はまだ俺と同い年だ。異世界転生者である俺と違って普通の十一歳の女の子。


 事情を完全には理解できていないが、何となく怖いと察知しているのだろう。


「……大丈夫だ。俺が何とかする」


 サーニャを安心させるために彼女の頭をなでる。


 彼女は無言のまま、首までのばした緑髪を震わせた。


 彼女は俺の家の住み込みメイド、というよりも妹だ……元々は捨て赤子だった。それをうちの親父が引き取って、メイドとして育てていった。


 引き取り手がなかったのは、彼女が言葉を発することが出来なかったから。


 ハッキリ言って喋れない捨て赤子は処分される以外にない。むだめし食らいで、誰も引き取るメリットがないのだから。


 だがうちの親父は善人だから殺すのは不憫だと引き取ったのだ。

 

 それ以来ずっと一緒に暮らしてきた。俺にとってサーニャは昔から一緒に育った妹みたいなものである。


「安心しろ。俺には逆転の秘策がある……今日は何の日だと思う?」

「…………!」


 紡いだ言葉にサーニャがハッとして、俺に視線を向けた。


 俺はそんな彼女への返答代わりに、腕をまくって左腕に描かれた幾何学の紋様を見せる。


「今日は俺の十二歳の誕生日だ。ようやく忌まわしい封印が解かれる」


 村の教会の鐘が鳴り響くと同時に、俺の左腕の紋様が跡形もなく消え去った。


 この紋様は魔法封印呪。俺の強すぎる魔法を危惧し、教会が封印を施したがようやく解呪できた……わけではない。


 この世界の赤子は全員、教会で魔法封印呪を施される。その封印は十二歳の誕生日まで解呪されることはない。


 そんな呪いをかけられる理由は簡単だ、この世界の魔法はわりと簡単に発動してしまう。


 仮に五歳の魔法天才児が、何も考えずに自宅で炎魔法をぶっ放したらどうなる?


 ましてや自宅ではなくて、街のど真ん中で暴発でもして大火災を起こしたら?


 そんな恐ろしい事態を封じるためにアダムス教という宗教がある。アダムス教の教会が赤子全員に魔法封印呪を施すのだ。


 そのせいでこの世界の教会の権力がヤバイのだが、それはまあ今は関係ないだろう。


「ついてきてくれ。試したいことがある」


 俺はサーニャの腕を引っ張って小屋から出ていく。


 家の前に備え付けられた松明を拝借し、夜の闇をかきわけて森へと入った。


「見せてやろう、エルダ家秘伝の召喚魔法を……いや別に秘密でも何でもないか……」


 これまで魔法は使えなかった、だが今では手足を動かすように使えると感じている。


 ……まあ封印されていなかったら赤子でも使えるレベルの力だしな。


 自嘲しながら地面に手をかざすとそこに光の魔法陣が発生した。


「古の契約を遵守せよ。我が血と言葉を以て応ぜよ。求めるは光の希望、天を駆ける純白の駿馬……」


 呪文に呼応して魔法陣が更に光を増していく。


 バチバチと光の稲妻が走り、魔法陣が爆発して周囲に光の粒子が分散した。


 そして魔法陣が消え去ったところには、天使のような羽根を持った純白の天馬――ペガサスがそこにいた。


 ペガサス自体が神聖な存在のためか光り輝いて、それだけで普通の馬とは違うと感じ取れる。


 なんかこう温かみがある光というか。


「…………!」


 サーミャが興奮しながら俺に抱き着いてくる。


 俺も彼女と同じようにかなり気が高ぶっていた。……伝説のペガサスを召喚できたのだ!


 つまり召喚魔法は問題なく発動できるわけで……これをうまく利用すれば、俺達の危機を脱出できるはずだ!


 そんな俺達に水を差すかのように、ペガサスは前脚をあげていななく。


 すると脳裏に言葉が響き渡った……え?


「……家……? えっと、後でもよい? 今はそれどころじゃ……」


 ペガサスはさらにいななくと、怒りを表すように地面を前脚で叩き出した。


「えっ、敬語使わないとは無礼……? あ、はいすみません……」


 結局ペガサスを村の馬小屋に案内したところ、更に不満を抱かれた。


 やれ汚いだの狭いだのめちゃくちゃ我儘である。


 ……おかしい。仮にも天馬なのに……これじゃあ聞かん坊の暴れ馬だ。


 そんなことを思いながらも、へそを曲げられてはたまらないと平身低頭する。


 馬にへそがあるのかは知らないが……。


「も、申し訳ありません。ちゃんと掃除させますし、場所も広くしますのでまずは私のお願いを聞いて頂けないでしょうか」

「……ぶるっ」


 しょうがねえなぁ、と鼻息を鳴らすペガサス。


 ……思ってたのと全然違うなぁ。サーニャはペガサスに怯えたのか俺の影に隠れてしまっている。


 まあいい。役に立てば何でもいいのだ。


 ペガサスの魅力は何といっても、その恐ろしい移動スピードにあると本で見た。


 馬の何倍もの速度で走れる上に陸地に比べれば遅くなるが翼で飛べる。


 つまり馬なら休み休みで三日かかる場所も、ペガサスならば休みなし三時間程度で行ける。


 なのでペガサスで遠い場所……例えば港から海の幸を買って、内陸地で売れば……ボロ儲けができるわけだ。


 この世界では冷凍技術などはないので、内地で新鮮な魚を買うのはかなり難しい。

 

 なのでこの海で魚を買って、この近くに持ってきて売ればすごく高値で売れる。


 その儲けた金を村長に渡せば、とりあえずバルガスに引き渡されることはない!


 急いでペガサスに馬鞍をつけて台を使ってその背中にまたがった。サーニャにも手を貸して俺の後ろに座らせる。


「よし! サーニャ、今から遠くの港に魚を買いに行くぞ! ペガサスなら夜でも走れるし!」


 まさに完璧なプランだ。いや我ながら先見の明がありすぎる!


 十二歳になった時、即座にこうしようと昔から考えていた甲斐があったというもの!


「駆けろ、ペガサス! 生きた港まで!」

 

 俺の言葉にペガサスがいなないて身体を震わせた後、駆け始めようとする!


 さあこれが俺たちの記念すべき第一走! 栄光への第一歩だ!


 そんなテンション爆発の俺の身体を、サーニャが手で揺すって来る。


 思わず後ろを振り向くと、彼女が目で語り掛けてくる。


 俺とサーニャの関係ともなれば、アイコンタクトくらいは楽勝だ……なになに?


 ――ライって、馬に乗れたっけ?


 俺の背筋が凍り付いたその瞬間、ペガサスが恐ろしい速度で駆け出した。


 あまりの速さに下手に喋ろうものなら舌を噛みかねない! ジェットコースターより怖いんだけど!?


 目的地について止まるまで、必死に手綱にしがみついたままだった。


 サーニャにいたっては俺の背中にしがみついたまま気絶している。


 ……いや本当、振り落とされなかったのは奇跡だ。おそらくペガサスが俺達に何かしてくれたんだと思う。

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