言葉のかたち

島本 葉

一日目(序)

「あ…」

 くっ、と喉につかえたように言葉が出なかった。

 気恥ずかしさとか、気後れとか。自分でも説明しづらい感情に気を取られて、しまった、と思ったときには、もう遅い。

 その言葉はタイミングを失って、宙ぶらりんになってしまった。喉の奥に飲みこまれてしまう。飲み込んだ? 喉の奥に引っかかった、ありがとうの言葉。

 口に出す機会を失ってしまった言葉は、どこへ行くんだろう。

 海に飛び込んだ人魚姫のように、あぶくとなって、切なく消えるのだろうか・・・。

 彼も、感謝の言葉なんて期待してないのかもしれない。けど、伝えられなかった気持ち、伝えられなかった言葉が、わたしの喉に、ちくちくと刺さる。

「じゃね、バイバイ」

 いつものように彼は手を振った。わたしもバイバイ、と手を振る。

 いつもと同じ? 

 本当に同じだったんだろうか?

 彼の表情はいつも通りだった? 口調は? しぐさは。少し、トーンが違ったような…。

 小さくなっていく彼の背中を見つめながら、わたしの喉の奥のちくちくは、ずん、と重みをましていった。

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