第6話 NPO法人ひまわり
そこへ、
「おはよう。今日はブースに出店ありがとう。キャンセルで空きブースがチラホラあって困ってたんだよ。助かった」
安田に話しかけてきた1人の男性。
口の周りに長めの髭を生やしてメガネをかけ、ハットを被りスタッフTシャツを着ている。
安田と男性の会話を聞くと、この男性が安田にブース出店の相談を持ち掛けた、マルシェ主催者のようだ。
「では、ジャングルジムの皆さん、今日はよろしくお願いします」
そう言って頭を下げ、その男性は忙しそうに去って行った。
ジャングルジムのブースは、奏太が家で大量に焼いてきた特製クッキーを販売する。既に奏太が袋に入れてラッピングもしており、すぐに販売できる状態になっている。
邦恵は、自宅から持ってきたたこ焼き器をセットし、この場で随時たこ焼きを焼いて販売する。
ブースの装飾も完了し、桜ヶ丘パークマルシェが始まった。
綾菜のアクセサリーは開始早々、若い女の子達で賑わい、順調に売れて行った。一方クッキーとたこ焼きはなかなか売れなかったが、徐々に家族連れや学生ぐらいの子達が買ってくれて、勇樹達も忙しく働いた。
勇樹は、ブースで働くみんなの姿をふと見た。楽しそうにたこ焼きを焼く邦恵、パックに入ったたこ焼きを袋に入れてお客さんに渡す相川、クッキーを売る奏太、お客さんからお金を受け取るさくら、アクセサリーをお客さんに笑顔で説明している綾菜、後ろで全体を見ながら場を回している安田、みんなが楽しそうに一つになってこの場で生き生きしている。そんなみんなの姿を見て、勇樹は心が温かくなった。
「桜ヶ丘パークマルシェ、お疲れ様でした」
翌週月曜日の朝、安田がA市案件にやってきた。桜ヶ丘パークマルシェ全体としても大盛況に終わり、ジャングルジムが出店したブースもほとんど売り切ることができた。
「最初はどうなるかと思ったけど、上手くいってよかったですね」
勇樹が言うと、みんな首肯した。
「おはようございます」
マルシェの話をしていると、さくらがやってきた。
「さくらちゃん!」
みんな笑顔で久しぶりのさくらの出勤を迎えた。さくらも笑顔で、みんなの輪に入る。
マルシェに出店し、1つのことにみんなで取り組んだおかげで、以前よりも一体感が生まれたように感じた。
この日以降さくらは毎日出勤できるようになった。
「さくらちゃんは、引きこもりから徐々に外に出られるようになって、このジャングルジムで働くことを決めたのよね?」
ある日の昼休み、邦恵は真剣な面持ちでさくらに尋ねていた。
「そうですよ」
「引きこもりから外に出られるようになるまでに、どういう過程があったのかなと思って……」
「過程ですか? 私は不登校になって、そこから引きこもりになって、しばらくして不登校や引きこもり、ニートの人達の支援をしているNPO法人に行き始めたんです。親が知人から聞いたみたいで……」
「へぇ……そういう場所があるのね」
「居場所スペースとか、元当事者と親御さんの意見交換会とかもあって、私はそこに行くようになって少しずつ引きこもりから脱却していけました」
そこで、さくらはふと邦恵が何故そんなに細かく聞いてくるのかが気になり、邦恵に聞いてみた。すると、邦恵の息子が今引きこもりで家から一歩も出られない状態であり、邦恵もどうすればいいか分からず悩んでいるとのことだった。
それを聞いたさくらは、今度の土曜日にそのNPO法人に行くため、邦恵も一緒に行ってみないかと提案する。
土曜日の朝、NPO法人の最寄駅でさくらを待つ邦恵。
「邦恵さん、おはようございます」
待ち合わせ時間の少し前にさくらがやって来た。さくらの案内で、駅から歩いて10分ほどのところにある2階建ての建物に着いた。
「ここがそのNPO法人なのね」
少し古びた建物で、入り口に《NPO法人ひまわり》という手書き風フォントと周りにひまわりの可愛らしい絵が描かれた看板が掲げられていた。
今日は、元引きこもり当事者と、現在引きこもりの子供を抱えている保護者による意見交換会が開催されるのだ。さくらと共に中に入ると、既に3人がイスに腰掛けていた。
イスは円形に並べられており、さくらと邦恵もイスに腰掛け始まるまで待った。
NPO法人ひまわりの代表らしき人物が入ってきた。70代ぐらいの白髪でメガネを掛けた男性だ。
「皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます。私は、このNPOの理事長を務めております、山下と申します。本日は"意見交換会"ということで、元引きこもりの当事者の方々と、現在お子さんが引きこもり状態にある親御さんの意見交換の場としたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします」
そうして、意見交換会が始まった。
元引きこもり当事者の話も、他の親御さんの話も聞け、邦恵はとても参考になった。特に、理事長・山下の【引きこもりはダメではない】という話に衝撃を受けた。邦恵は今まで、引きこもり=ダメだと思っていた。だが、引きこもりの時期もその人にとって大事な時期なのかもしれない、それでも本人が辛い思いをしていることに変わりはなく、否定したり怒ったりするのではなく、寄り添って見守ってあげてほしいとの話であった。
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