急須

島尾

特別扱い、ということ

 若狭小浜で見つけた茶屋で、ひとつの急須が売られていた。周りには2つの急須が売られていて、計三つだった。しかし、私はそのひとつの急須に心酔し、最も高価にもかかわらず購入を即決した。店主は驚いていた。


 もう四年が経つ。その素晴らしい急須を使った回数はゼロだ。


 いくつかの急須を持っていた。最初のは、不注意で取っ手が取れてしまったのだが、今は蓋、取っ手、そして本体が、独立した三つのインテリアと化している。


 次のは、京都の小さな茶屋で購入したものである。容量が小さくて、すぐに蓋からお茶がこぼれ出す。見た目は茶色く、すすけている。価格も安かった。人間で喩えるならば、不出来なチビ野郎だ。しかし私自身がそれなので、彼を蔑むことはできない。


 次のは一年くらい前に宮城の鳴子温泉郷の土産物店で買った藍色の常滑焼だ。中のステンレス網が邪魔で、あれを除去するのには苦労した。私は急須の中の網は不要だと思う。少々面倒でも、茶漉しを使うべきだ。余計なものを取り払った急須で、ほうじ茶の深い香りを嗅いだとき、晩秋の、山奥の寺院の、枯れ葉で覆われた参道が頭に浮かんだ。




 私が最も寵愛する、若狭小浜の高価な急須は、お茶を入れられたことがない。あまりにも素晴らしい出来栄えで、微塵も汚したくないのだ。中にステンレスの網が装着されているままである。たまに食器棚から出して、ニマニマしながら鑑賞している。


 特別扱いされて育てられた箱入り娘は、一般庶民の持ち得ない魅力的な要素に注目される。熱いお茶で肌を痛めつけられたり、中のステンレス網を除去されたり、不便さゆえに嫌われたり、ましてや取っ手が取れることなどあり得ない。護られた箱入り娘は、ただ、私に見られて私を魅了するだけである。

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急須 島尾 @shimaoshimao

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