第七十九話 雌豚(7)
カミーユの隣には異様なものが立っている。だが、前ヴェサリウスと呼んでいた羊の骨の化け物とは違った。
背が高く、帽子を被った女の姿。しかし全身は大理石のように白く、滑らかなで、服と肌の区別がつかず、異様な円錐形の物体に見えた。
だが、レギナは少しも気付いていないようだ。
きっと、見えないのだろう。
「話してくれるんだね。よかった」
カミーユはまたトランプを繰っていた。何度も何度も、異様な速さで。
その口は動いていない。女の化け物が代わりにパクパク口を動かしていた。ヴィトカツイ語で話している。
言葉が伝わらないということは、逆にカミーユの脅威が伝わり辛いということだ。
「おい」
ズデンカはカミーユに迫った。
「ズデンカさんだ。うわー凄く汚れてますね。洗いましょうか?」
カミーユはズデンカを見て口を動かした。
「いや、自分でやる。……なんでお前が話を訊く? こういうのはルナの仕事だろう?」
「だって面白くなってきちゃったんですよ。人からお話を訊くって、凄く気持ちがいい!」
「お前は人の物語を変えている。バンを運転してくれたあいつの様子は明らかに、おかしかった。ルナはそんなことをしない」
「え、そうなんですか? ふふふふふふ。私はただ訊いただけですよ……あ、そうだ。この子の名前ははディナって言います。ヴェサリウスのお姉さんですよ」
カミーユはそう言って、また女を介してレギナに語り掛けた。
「本当に可愛がっているんだね。友達なんだね」
「うん、ただ一人の友達なの」
「いつ出会ったの?」
カミーユは優しかった。まるで母親のようだ。これはルナも、ズデンカも持っていない素質だ。
ズデンカは別に女だけの特徴だと言いたい訳ではなかった。相手を包み込み、懐に入りるのが上手い男だっている。
ルナも話が上手いと言えば上手いが、カミーユはまた一味違う。
独りぼっちのレギナはカミーユの優しい言葉に心を動かされたようだった。
だが、今のカミーユはもう、優しいだけの存在ではないのだ。
「一年ぐらい前かな。たくさんのこぶたさんがね、うちにやってきたの。はじめて眼が合ってすぐに気付いたよ。私たちは友達になれるって」
「へえ、一目でわかるものなんだね」
「うん。私たち、同じベッドで寝たことあるんだよ。あ、お父さんお母さんには内緒ね」
レギナは可愛らしく親指を口に当てた。
「ズデンカさんも、秘密ですよ」
カミーユはレギナの真似をしてズデンカに示した。
もう片方の手でかなり器用にトランプをシャッフルしている。特殊な技術ではないかと思われた。
「いっしょにいるとね。とってももふもふしていて、暖かいんだよ。私ね、すぐ眠っちゃうんだ」
「うーん楽しそうだねー。私も寝てみたいなあー。もふもふ、凄く好きなんだよ。幼なじみのメアリーと一緒によく犬で遊んだよ」
ズデンカはなぜだか悪寒がした。人間ではないので体調不良ではなく純粋に精神的なものだ。
メアリーは共感するように寄り添いながら、じょじょに相手を壊していっているのではないか、そんな予感がした。
だが、ズデンカは極めてそちらの方面が弱かった。感情的な方面だ。
ルナを呼ぶ気にもなれず、ひたすら観察している以外にない。
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