第四十九話 吸血鬼の家族(6)

 あたしが十の……何歳だったか? もう忘れたが、誕生日を迎えてすぐにデュルフェが家にやってきた。


 家族一同が出迎えたとき、あたしは皆の後ろの方に控えていた。


 だがデュルフェは目敏く見付けやがった。


 そして、そわそわし始めた。


 最初あたしはそれが何かわからなかった。


 自分の家族以外の人間がそんな風になるところを見たこともなかったし、そもそもゲオルギエも自分の寝室はしっかり閉じていた。


 やつはことあるごとにあたしを傍へ呼び、


「肩を揉んでくれ」


 などと好き勝手言い放題だ。


 身体を触られたこともある。びっくりして嫌な気分になったが、そんなこと親父には言えなかった。


 言っても撲られるだけに決まっているしな。


 デュルフェはあたしの手の甲にキスをして、なにか情熱的な言葉をまくし立てたが、言葉はほとんど通じなかった。


 今ならわかるだろうが、さすがに覚えていない。


 覚えてやる義理もねえけどな。


 そんなこんなデュルフェのやつは長く長く滞在していた。


 あいつの書きぶりだと二人で仲良く散歩したみたいに読めるかもしれんがそんなわけねえよ。命じられていやいや着いていったのが真相だ。


 何でも美化しやがるからな。


早く出て行ってくれとか心のうちで願うことすらあたしは恐れていた。そんなことを思うと親父に嗅ぎつけられて責められるとまで考えてたんだよ。


 あたしもすげえ馬鹿だよな。


 デュルフェが出ていったときほんと清々したぜ。一年ぐらいは居座ってやがったからな。


 ところはやっと清々したと思ったら、今度は凄いことが起こった。


 説明しなくてもわかるだろ?


 親父のゴルシャがうちの山に入ったまま、二日も帰らないことがあった。


「困ったものだ」


 ゲオルギエは怯えた様子で言った。


「探しにいかなければなりません」


 妻が応じていた。


 だが、そんな心配をよそにゴルシャは三日目には既に帰ってきた。


 いきなり扉を開けて家の中に入って来たんだよ。


 元から無口な男だったが、さらに物言わなくなり、顔も蒼白く、周りを睨むように眺め回していた。


 その瞳には禍々しい光が宿っていた。


 夜遅く、物音が聞こえてあたしは目覚めた。


 ひたすら廊下を通って歩いていくと、ゴルシャがベッドから連れ出してきた孫の喉首に噛みついているではないか。


 あたしは叫びたくなるのを堪えた。


 どうやら生まれつき我慢強く出来ているらしい。


すぐ怒るだと? 黙っとけ。


 血を吸われてすぐに吸血鬼になった孫たちはゲオルギエの妻の血を吸い尽くしたらしい。


 あたしは怖くて部屋の中に籠もっていたからそれを直接見たわけではないがな。


 そして、吸血鬼となった妻がゲオルギエの血を吸ったそうだ。これも飽くまで推測だが。


 あたし以外の人間は皆吸血鬼ヴルダラクになった。


 あたしもなるのは時間の問題だ。


 それでも逃げる気にはならなかった。


 逃げたってどうなるのだ? この家があたしにとって唯一の世界なのにそこから出ていってどうなる?


 部屋の扉が開かれ、吸血鬼となった皆が迫ってくる。


 あたしは震えながら身を退く場所はどこもなかった。


 喉首が噛みつかれる。それも両側から。ゴルシャとゲオルギエだった。


 血を吸われるのは熱いと思うか?


 逆だ。


 冷たいんだよ。


 血を吸われただけでは吸血鬼にならない。奴らの血を身体の中に入れて始めて吸血鬼となる。


 あたしは血を注がれたのさ。


 連中が満足するまで、じっくりとな。

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