第四十九話 吸血鬼の家族(2)

 ああズデンカ、予が生命の赫き、予が命の女主人よ。予が罪にして魂、全ての証。


 口の中で鈴が鳴るが如く滑らかなりし御身の名、歯の隙間より奏らる爽風そうふうとなりぬ。


 ズ・デ・ン・カ。


 君と予が初めて出会ったとき、星の光はまたたき、空には花火が踊っていた。


 君には見知らぬ予に笑顔を向けてくれたね。


 家長のゴルシャは予にとってとても厭わしい存在だったが、君の存在は一服の清涼剤となった。


 色々なことを話した。予が一人淋しくこのような偏狭な村で暮らさねばならなくなった仕儀について、貴族でこそあれ、とても冷たい家庭で育った予はとても辛い毎日を送らねばならなかったこと。


 君は口数少なく訊いていてくれた。


 村の川辺を二人で練り歩いたのは忘れられない思い出だ。


「愛してるよ」


 予は何度も汝が耳殻じかくに囁いた。


 君は恥じらいを見せた顔で返答を渋っていたね。


 全くいつも通りだったな。


「君ほど愛した人はこの世にいない」


 そう何度も誓ったほどだ。


 君は淋しげに微笑んだ。


 ああ、このような素晴らしい瞬間が幾度続いてくれればいいと願っていたのに!


 忌まわしい。

 語るのも嫌になってしまう。


 だが、避けては通れないのだ。


 じきに予は少し村を離れなければならなくなった。政府の仕事を命じられたからだ。悔やみつつ旅立つこと、二、三ヶ月。


 予は戻ってきたが、村の手前で追い返された。


 厳めしい軽騎兵が周りを固めていたのだ。


「なぜ、通してくれないのか?」


 予は何度も詰め寄った。


吸血鬼ヴルダラクが現れた。村はもうお終いだ」


 軽騎兵は冷厳に告げた。


 吸血鬼ヴルダラク――。ああ忌まわしい。何度も繰り返してしまう。


 返すもがえすも口惜しい。君を守れなかったことが。


 幾つか流れていた話を繋ぎ合わせてみると、以下の次第となる――


 ある日山からゴルシャが帰ってくると。その様子は明らかにおかしかった。


 顔色は青ざめて、荒く息を吐いている。


 そのまま寝床に就いたが翌朝には、子供が吸血鬼になっていた。


 子供は母親の血を吸い尽くした。ズデンカの家族たちはことごとく吸血鬼になってしまったという。村人たちも僅かの逃げ延びた者を別としてほとんどは餌食になったと言う。


 そして――


『ズデンカは気が狂ってしまった』


 こんな噂が、近くの村々では流れ始めるようになっていたのだ。


 予はいても立ってもいられなくなった。


 夜も更けて、軽騎兵どもも寝静まる頃合いを狙いすまし、黒いマントを身に纏い供の者もつけずに馬を走らせた。


 すぐに君がいた茅葺きの家が見えてきたよ。


全くそれは幽霊の影のように薄気味悪く思われたものさ。


 皆その中にいるはずなのに、少しも人の気配が感じられないのだから。


 まるで死人ばかりがそこには住んでいるようだったよ。


 静かに扉を開ける。


 ギイと重く湿った音が響いた。もう冬も近かったのに。


 長い廊下を予は先へ先へと進んだ。


 何かを囓る音が聞こえた。


 予はとても不安になった。


 その音はなおしつこくしつこく繰り返される。


 まったく、耐え難かった。


 やがて臭いもした。戦場で嗅いだこともある。


 これは血の臭いだ。


  扉の向こうでは血に塗れた遺骸が幾つも転がっていた。


 その上に何者か――黒影が腰掛けて、肉を囓っているのだ。


 すぐにわかった。


 ゴルシャだった。

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