第四十七話 みどりのゆび(5)

 フランツは鞄を開けて、革袋を取り出した。必要なもの以外は一切持たないようにしているが、拾ったものを収納できるよう何枚か買って置いたのだ。


 次々と蔦の葉をちぎっていく。いくら摘んでも摘みきれないぐらいたくさんあった。


ファキイルも手伝ってくれた。思いのほかに仕事が早い。


「葉がギザギザになって丸いほど効能が優れている」


 ファキイルが解説する。


「ふむふむ」


 フランツは素直に従っていた。


「ふーんだ。二人で勝手にやってなさいよ」


 そう言って床に寝転んでいたオドラデクだが、二人がやっているさまをチラ見していた。


「……」


 ぴょん。


 反り返るように起き上がる。にんげんではできない動きだ。


 そそくさっ。


 オドラデクは凄い勢いで近付いて来た。そして無表情で蔦をちぎりはじめる。


 いつもは豊かなオドラデクの表情が死んでいるのを見て、フランツは腹を抱えて笑いたくなったがこらえた。


 蔦の葉の蒐集は続く。


 三つあった革袋は残らず満杯になった。


 既に夕暮れて、茜色が塔の床の上に燦めきながらあふれている。


 フランツは眩しかった。


「これじゃあ緑とは言えないよな」


 と冗談を言ってみた。


「そうでもないぞ」


 ファキイルは答えた。


「なぜだ」


 フランツは驚いた。


「外に出ればわかる」


 そう言う端から、ファキイルは外へと浮かびだしていた。


 吹き寄せてきた強い風の中で、犬狼神は蹌踉よろよろと揺れた。


 しかし、その動きはとても力強かった。


「だからどうしたんだ?」


 フランツはまだよくわからなかった。


 だが、次の瞬間、開いた口がふさがらなくなった。


 ファキイルの身体がいきなり緑色の光に包まれ始めたからだ。


「なんなんだ、これは」


「フランツも外に出ればわかる」


「出ちゃいなさいよ、ねえったらぁ」


 オドラデクが後ろから押してきた。


「何すんだ。やめろ」


 フランツは藻掻いた。


「いいからいいから」


 フランツは窓に身体を押しつけられた。そこにオドラデクがやってきて、フランツの手を掴んだ。


 思えばファキイルと手を繋ぐのはこれが初めてだった。


 今までどこか遠い存在だったのだろう。

 

 だが、今は近付いた。

 

 ふんわりと、やさしく。


 フランツは宙に浮かんだ。


 夏の風は熱をはらんでいても心地良かった。


 上昇するファキイル。


 フランツは来た時には塔の先端を視線が行かなかったことに気付いた。


 先ほど自分が到った階は、爪の先ではなかったのだ。


 フランツは人目が気になった。


 だが、下を往く、おそらくは家路に向かう人々はすっかりこの塔――緑の指の存在に慣れきっているのか、気にも留めず前を向いて歩いていた。


 安心したが、フランツは正直怖かった。


 とても高いところに自分はいるのだ。


 塔の尖端に到ると、そこに緑色をした硝子が嵌め込まれた鏡のような型どりがあることに気付いた。


 わかった。


 それが夕陽を反射したのだ。緑色の光があふれるように広がった。


 とても古いもののように思われた。


 もはや、知る人もいないだろう。ファキイルも知らないのだ。


 おそらく。


 その横顔を見るにつけても。


 知らないにしても、そこには笑みが浮かんでいた。


 楽しいのだ。


 フランツは頭で考えることを止めて、ただ緑色の光を浴び続けた。

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