第四十七話 みどりのゆび(3)
「お前にはいつも手を焼かされているんだが」
フランツは言った。
もう呆れて何の感情も湧かなかった。
「それはフランツさんが勝手に焼いてるだけですってばあ」
会話は交わさずに、いつの間にかフランツを追い抜いて独り先に
「前もこんなことありましたよね。本当にあの子は興味を持ったら何でも向かっていっちゃうんですから、やになりますよ」
フランツはお前が言うなと思った。
ファキイルが止まった。
フランツが追い付いて顔を覗くと、塔を見上げて目を輝かせている。
ファキイルが感情を表すことは少ない。
無表情ななかにいろいろ読みとって捜すしかない。
それがここまではっきり関心を寄せているとは。
フランツも興味を引かれて塔の入り口の階段へと足を掛けた。
螺旋状の階段が空に向かって続く道の幅は想像以上に狭く、三人が肩を並べたりしたらすぐに埋まってしまいそうだ。
段の上にも蔦は蔓延っている。フランツは足を滑らさないよう注意して登った。
ファキイルは中に浮かび上がって、上を目指している。
「はぁはぁ、待ってったらぁ! 早い早い、二人とも早すぎますよぉ」
フランツの後からオドラデクはぜいぜい息をしている。きっとこれもふりだろう。
「この塔、なんのために作られたんでしょうねえ」
続けざまにオドラデクは質問する。
「知らん」
フランツは即答した。
何も調べず、ボリバルが目撃されたという情報だけで、この街に来たのだ。
知っている訳がない。
蔦の狭間に開いた四角形の窓から差す午後の光が、内部に籠もった埃に縁取りを与えていた。
どんな危険な罠が仕掛けられているかもわからないのだ。
――まあ、ファキイルなら何とかやれるだろうが。
フランツは自分がいつのまにかファキイルに対して篤い信頼を抱いていることに気付いた。
本来はそんなもの、あってはいけないのだ。
いつだって別れられる準備をしておかなければならない。
旅は道連れとはよく言ったもので、長く一緒にいるうちに親近感が湧いてしまう。
フランツはただただ登り続けた。
道を塞ぐほど蔦が繁茂している場合は仕方なく、腰に帯びた剣『薔薇王』を抜いて切り払った。
ファキイルは小柄なので間をすり抜けて進んだらしい。
オドラデクは荒く呼吸していたはずがいつの間にかそれを忘れて、口笛を吹きながら登り続けていた。
フランツの方がバテてきた。
体力には自信があったはずなのに。
急激な運動で、貧血を引き起こしたのだろう。眼の前が暗くなってきた。
――俺はスワスティカ
自分で自分を叱咤するも、階段に坐り込みたくなってくる。
「何が緑の指だ」
フランツは悪態を吐いた。
「あれあれ、ファキイルさんのご所望に添って差し上げなくてもいいんですかねぇ、フランツさぁん」
先ほど取った言質をひらひらと見せびらかしくるオドラデク。
そこから始まった数々の煽りに耐えながらフランツは歯を食いしばり、意地で段を上り続けた。
やがて階段が途切れた。一気に開けた空間へと出る。
最終階に到ったのだ。
「ファキイル! どこへ行った!」
フランツは呼びかける。
「ここだ」
声が聞こえて来た。
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