第四十六話 オロカモノとハープ(2)

「まさか、この音を追いかけるのか?」


 音楽に疎いズデンカは、正直興味がない。 


 昨秋オルランドで音楽家志望の少年を眼の前にしたときに、残酷な現実を突き付けてやったこともある。


――そりゃ、時間があれば聞いてみたくもなるんだろうが。


 今はその時ではないだろう。


 だがルナはすたすたと歩き出していた。今までの登った道を引き返すかたちで。


「はあ」


 ズデンカはため息を吐いて後を追う。


 カミーユはと見ると先に歩きだしていた。


「だってこんな機会滅多にないじゃないか!」


 ルナは憑かれたように言った。


「少し気の効いた都会にいきゃどこにでもあんだろそんなもん」


 とルナの顔を覗き込んだズデンカは異変に気付いた。


 その瞳に妖しい光が宿っているのだ。息が荒く、よだれを垂らしている。


――まずい。


 振り返ってカミーユを見ると同じようになっていた。


――あのハープ、明らかにやべえやつだ。


 自分だけ正気なことに気付いてズデンカは愕然となった。


 スワスティカの残党連中が絡んでいるのかも知れない。


 今の状況を襲われたらルナは一網打尽だ。


――他の道をいけばよかった!


 そもそも、今まで精神に干渉する攻撃を行ってくる相手と遭遇してこなかったのが大いなる幸いなのだ。


 ズデンカは注意を怠った自分を呪った。


 だが、悔やんでばかりはいられない。


 鎖に繋がれたように音色の方へ歩かされていくルナとカミーユを追ってズデンカは歩きに歩いた。


 攻撃を予期したが、特に何もしてくる様子がない。


――おかしい。


 カスパー・ハウザーの手のものなら、確実に仕掛けてくるはずだ。


 小高い丘が左手に見えてきて、頂上が大地のように平べったくなっており、そこに黄金色の巨大な竪琴ハープが置かれていた。


 その前には亜麻色の髪の女が一人台に座り、静かに楽の音を奏でていた。


「貴様!」


 ズデンカは物凄い勢いで跳躍し、女にぶつかって台から弾き落とした。 


 ハープの音が止んだ。


「あるぇ?」


 ルナが驚いた顔で目をぱちくりさせていた。


 カミーユも同様だ。


「気がついたか!」


 ズデンカは振り返って叫んだ。


「うん、なんか凄く気持ちが良くなって意識がなくなっていってさ」


 ルナは少し恥ずかしそうに頭を掻いた。


「よくもあたしの……仲間に妙な目眩ましをかけやがって!」


 ズデンカは激昂していた。


 しかし、女は返事をしない。


 うつろな目でズデンカを見るばかりだ。


 ズデンカはその頬を撲ってやろうと思ったが、自分の力の強さを考えるとできなかった。


 ルナ相手には出来ているのだから、手加減は出来るはずだが、今の状況でそんなことをすれば殺してしまうかも知れない。


「何とか言え!」


 だが、女は答えない。まるで知性の耀きを感じられない顔だった。


「おそらく、生まれつきそういう感じなんじゃないかな」


 ルナが隣にしゃがみ込んでいた。


「何だと」


「わたしもごく小さい頃、何を言われても無反応で黙っていた時期があってね。知能を疑われたことがあるんだ。旅の間でそういう人たちともよく会ってきたし。珍しくはないよ」


 ズデンカはそれで察した。


 今のはしゃぎまくるルナからは想像できない姿だが。


「だが、それなら何で楽器を弾くなんて芸当が出来るんだ。しかも人間を操ったんだぞこいつは」


「さあ、わからない」


 ルナは小首を傾げた。

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