第四十話 仮面の孔(3)

 オーク材のテーブルを挟んで五人は坐った。


 ルナ、カミーユ、ズデンカの反対側にエルヴィラとアグニシュカが並んだ。


 アグニシュカはなかなか警戒を解かないらしい。


「ここは宿屋じゃないのか。荷物を預けねえと」


 ズデンカは店の主人に訊いた。太った中年の男だった。


「おや、あなたはずいぶんと古風な話し方をされるのですね」


 店主が驚いて言った。


 ズデンカは長らくゴルダヴァ語を使っていなかった。二百年も経てば発音はだいぶ変わってしまう。


「まあ、長いことここを離れていたからな」


 ズデンカは焦った。


「にしてはお若く見えますよ。私もここで何十年も暮らして商売していますが、そんな発音、老人でもしません」


「それよか、荷物を置きたいんだが良い部屋はないか」


 ズデンカは話を逸らした。


 「うちはないですね。ただの料理屋なんで」


 主人は答えた。


「はあ」


 ちょうど店員が運んできたローストチキンを素手で貪り食い始めたルナの横にズデンカは坐った。


「おいひいよ」


 ルナは肉を頬張りながら言った。


「お前、あたしが食べられないことわかって言ってるだろ」


「君に言ってないよ。まあ独り言みたいなものさ」


 ルナは肉をみ込んでしまってから答えた。


「ふふふっ。ルナさん面白い」


 カミーユは口を押さえて笑い出した。さっきまで緊張していたようだったが少しほぐれたらしい。


「大変な召し上がり方ですね」


 エルヴィラは流石に貴族らしい婉曲法でルナを評した。


 アグニシュカはまだ黙っている。よほど頑固らしい。


 ズデンカは何とか口を割らせてみたく思った。


「おい、おまえ、相変わらず黙ってやがるよ。喋れないのか?」


 ズデンカは苛立った口調で、アグニシュカの前に掌を叩き付けた。


「いや、喋れますが」


 やっとアグニシュカは話した。


 二人の視線がぶつかる。


 エルヴィラは不安そうに両者を眺めた。


「お前は園丁の娘だったか。まあ、召使いだな。あたしもそうだ」


 園丁の娘とは言え、アグニシュカと雇用関係はないはずで、論理展開に無理があるように思ったが、ハッタリをかます気分で言った。


アグニシュカはまた黙った。


――無口も良いとこだな。


「名前はズデンカだ。それは知ってるな」


「はあ、まあ一応は」


 ズデンカはそこに舐めた態度を感じ取った。


――素直に引き下がるのも良いが。


 もう少しアグニシュカという人間を掘り下げてみたい。


 そういう欲求が強くわき上がってきたのだ。


「エルヴィラは礼儀正しいが、お前はそうじゃないな。わざわざこんな主人を追っていくとは殊勝な心がけだが、もうちょっと周りの人間を敵にしないようにした方がいいぜ。老婆心から言って置くがな」


「確かにそうですね。今までの非礼をお詫びします」


 エルヴィラの名前を出されたからだろう。アグニシュカは唇をわななかせながら頭を垂れた。


――こいつ、それなりにプライドが高いな。


自分がそうだからか、ズデンカは相手のことがよくわかった。


「アグニシュカ!」


 エルヴィラは焦っている。顔色まで若干青くなっているほどだ。


 それを見て、ズデンカは矛を収めるべきだと判断した。

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