第二十一話 永代保有(3)
「お前はどうなんだ。ここの店主なのか?」
フランツから訊いた。
「いや。店は爺ちゃんの」
「祖父がいるのか」
「うん。もう寝たきりだけど」
「お前が、店番をしてるんだな」
「店番以上だよ。切り盛りはほぼあたし一人でやってる」
メルセデスは笑いを含んで言った。
「だが繁盛はしてないようだな」
フランツは店の中を再度見渡した。
「余計なお世話」
メルセデスはパチンとフランツの背中を平手で叩いた。
――痛い。
と思ったがフランツは我慢した。
「フランツはさ、一人旅?」
いきなり呼び捨てだ。
「いや、連れがいる」
また正直に答えてしまった。ストーヴに当たりすぎて掌が痒くなってきた。
「へえ、どんな?」
メルセデスは興味を覚えたようだった。
「およそこの世の中でなくてもいいものの一つだ」
フランツは冷たく言った。
「もっと詳しく」
と言いながら物干し竿を持ってきて、天井で輪っかのかたちに括ってあった紐へ通し、ストーブの上へフランツの背広と襯衣を吊り下げた。
「お前が喜ぶような存在ではない」
「フランツがそう言うならきっと面白い人だ。だってあんたつまんないもん」
フランツは少し傷付いた。
「俺は堅物だからな」
「にしてもさあ、もっと人を笑わすことを覚えなよ」
メルセデスはため息を吐いた。
フランツは待って天井を見上げた。吊された服から白い湯気が立っている。これなら蒸発も早そうだ。
フランツは早くこの場を出ていきたい気持ちで一杯だった。
「この店の土地はね。お金を貯めて爺ちゃんが買ったんだ。もし、爺ちゃんが死んだら、ただ一人生きてる親族で孫のあたしの物になるんだよ」
「よかったな」
冷たく切り返しはしたが、フランツの中では沸々といろいろ問い質してみたい思いがわき上がっていた。
「永代保有って訳さ。あたしが死んだらその
なぜこの女がここまで土地に拘るのか、まるで見当が付かなかった。旅から旅で暮らしてきたフランツにとって一箇所に留まって暮らすことはありえない。
老後は扨置き――とまれフランツは自分は四十までは生きないだろうと思っていたが――若い身で同じ場所で暮らしているメルセデスが理解できなかった。
しかし、それを口に出してしまえばまた角が立つ。
フランツは貝のように黙った。
湯気は服から上がりに上がる。あまり暑過ぎて引火したりしては困ったものだとフランツは考えていた。
「フランツは守りたいものとか、あるの?」
「ああ、それなら」
フランツは鞄を膝の上に置き、開けた。
――本を乾かすついでだ。
と自分を納得させながら。
本はやや水で汚れていた。フランツは注意深くストーブに近付け、水を飛ばそうと苦心した。
――引火しては困る。
「それ、詩集の『白檀』?」
不思議そうな顔でメルセデスが訊く。
「なんでわかった?」
フランツはビックリした。
「うちにもあるからね」
そう言ってメルセデスは部屋の隅へ移動し、本棚を探していた。
取り出してきたのは寸分紛うことない『白檀』だった。
「なぜ知っている?」
フランツは半ば怒りすら込めて食ってかかった。自分が動揺している理由がわからなかった。
「ちょっとこの作者と爺ちゃんは関わりがあってさ。それで一冊貰ったんだとか」
「どう言う関わりだ?」
フランツは立ち上がって身を乗り出していた。
「あたしじゃわかんない。爺ちゃんに訊いてよ」
メルセデスは困惑の色を見せていた。
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