第十九話 墓を愛した少年(5)

 宿屋に戻るとベッドへ飛び込み、そのまま八時間近く寝続けたルナだった。


 十三時を越えてようやくルナを起こしたズデンカだったが、その顔は苛立ちに満ちていた。


 あまりの熟睡ぶりに起こすかどうか決めかねていたからだ。


「よく眠れたぁ!」


 ルナは大きく伸びをした。


「いい加減にしろよ、馬鹿が」


 また張り倒してやろうかとする思ったほどだ。


「こんなに気持ちのいい睡眠は久しぶりだ。目覚めてスッキリ!」


「行くぞ」


 ズデンカはルナの首根っこを掴んで吊るし上げた。


「ぐるじい」


 ルナを背中に抱えてズデンカは歩き出した。


 ヴィットーリオは家の外で待っていた。


「弟も既に起きています。そろそろ抜け出すかと言ったところで」


「じゃあ、直接挨拶させて貰いましょう」


 驚いたヴィットーリオが止めようとして躊躇うのも無視して、ルナは扉を引き開けた。


「こんにちはー」


「どなたですか?」


 少年が驚いて椅子から立ち上がった。ロドリゴだろう。小柄だった。


「ルナ・ペルッツと申します」


「どこかで名前を訊いたことがありますね」


「さほどの者ではありません。知っている人は知っている、というくらいでしょう。よろしくお願い致します。あなたがロドリゴさんですね」


 ルナは丁寧にお辞儀をした。


「はい……何か御用なのですか?」


 ロドリゴは怪訝そうだった。


「お兄様から伺いましたよ。あなたが共同墓地に通い詰めているってお話をね」


 ルナの暴露に、ヴィットーリオは嫌な顔になった。


「へえ……そうなのですか」


 ロドリゴは意外に驚きはしなかった。


「おや、怒りはしないのですか」


「別に。兄が尾けていることは何となくわかりましたから」


 ヴィットーリオは居心地悪そうに床板を見やった。


「じゃあ、一緒に墓地へ行って、なぜあなたがそのようなことをしていたのか、教えて頂けますか」


「……はい」


 ちょっと沈黙があった後で、ロドリゴは答えた。


 四人は連れ立って墓地に向かった。ヴィットーリオはロドリゴと距離を取りたがった。足どりものろのろと鉛のようだ。


「なんだ、実の弟なのに」


 ズデンカは僅かに嘲笑を滲ませながら言った。


「気まずいんですよ」


 ヴィットーリオが小声で囁いた。


「んなもん、言えば良いだろ。世間でも咎められるようなことじゃない。弟を心配して尾けるなんてことはな」


「それが言える性格ならここまで苦労はしていませんよ」


 ヴィットーリオはため息を吐いた。


「お前も少しぐらい強気になれよ。あの時の意気込みはどうした?」


 ズデンカは自分が疑ったときに見せたヴィットーリオの憤りを思い出していた。


「さあ、墓地ですよ」


 ルナは穏やかに言った。


 例の墓石を前にすると、ロドリゴはまた跪いた。そして、ぶつぶつと何かを呟いていた。


「あなたはこの墓石に何を見ているのでしょう。教えて頂けませんか」


「一言では説明できません」


 ロドリゴは起き上がってルナを見た。その唇の端には苦笑が浮かんでいた。


「そうか。じゃあ、順を追って話して頂けませんか」


「兄の前でですか?」


 ロドリゴは言った。


「訊かれたらまずいことでもあるんですか?」


「いえ、ですけど、どうも……」


「なら、ヴィットーリオさん、ちょっと離れていてください」


 ルナは気軽に声を掛けた。


「はい……」


 ヴィットーリオは拒みもせずに従った。

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