第十九話 墓を愛した少年(3)

 突然、家を抜け出して出ていきます。悪い仲間と連んでいるのではないかと心配した僕は、非番の日に後を尾けました。


 すると、街の中心部から少しだけ外れた共同墓地へ向かって歩いていくではありませんか。


 ロドリゴは人目を避けるかのような注意深い足どりでした。


 不可解なことでした。僕らの家族は誰も死んでいません。遠方に祖父母は健在ですし、一族の墓地はそこにあります。


 父と母は結婚した後でレーヴィに出て来たのです。


 ロドリゴが無関係の墓地に行く謂われなど、どこにもないはずでした。


 御影石で作られた古い小さな墓の前に弟は跪いていました。その手にはシロツメグサの花冠が持たれていました。


 どこから摘んできたのでしょう。


 もしかしたら前日から作って置いておいたものかも知れません。何日も通い詰めているようでしたから。


 何をやっているのか。


 僕は注意しようとしました。


 その背に近付いたとき、ロドリゴは一言、


「愛しています」


 と呟きました。


 ゾッと身の毛がよだつような思いがしたものです。


 墓に向かって愛を囁くとは。


 あまりに異常な行いです。


 僕は驚いて墓石の蔭に隠れました。


 動悸を押さえることが出来ません。荒く息を吐いていました。


 でも、弟は気付かなかったようです。


 一時間あまり、祈りを捧げるように跪いていたでしょうか、ロドリゴは突如立ち上がって、墓地を抜け出ていきました。


 来た時とは全く違う、軽やかな足どりでした。


 ほっとため息吐いて、僕は墓石へ近付きました。


 一族の墓ではないようです。ただ一人を葬った墓でした。


 フランチェスカ


 と言う女性の。しかし、驚いたのはその生没年です。日付は百年以上前ではありませんか。わずか十六で没していました。


 僕は二十で、弟とは七歳離れていますから、十三歳です。


 弟より年上のようでした。


 僕は墓石に刻まれた古めかしい字体から何も感じ取ることが出来ませんでした。


 どういうことなのでしょう?


 正直に告白しますと、僕は愛を知りません。


 同年代の友達は娼館に行ったりしていますが、まるで興味を持てないのです。


 弟が僕より先にその愛の深淵に触れていると考えると嫉妬もしましたが、長続きするものではありませんでした。


 その愛の対象がまったく不透明なのですから。


 家に帰ってもロドリゴは普段通り暮らしていました。そして、また時間を選ばずふいと出ていって、墓に詣でるのです。


 弟は何が望みなのでしょう。なぜ、墓が好きなのでしょう。


 ペルッツさまは何かお答えを知っているのではありませんか?


  

「残念ながらまったくわかりません。実際に見てみないことにはね」


 ルナはそう言いながらパイプに煙草を詰め、火を付けた。


「とりあえず、墓地までご案内願えますか?」


「はい。しかし、今日は仕事があります。明日は非番なので、朝方に家へ来て頂けますか?」


「わかりました」


 ルナは勝手に話をまとめてしまった。


「お前は相変わらずだな」


「話を進めるのはお手の物だよ」 


 ルナはパイプを咥えながらにんまりした。


「罠かも知れねえぞ。ほんとのことを言っているともかぎらねえ」


「そんなことありません。僕は、場合によっては嘘を吐くこともあるかも知れませんが、嘘を吐いて平然としてはいられないでしょう!」


 今までは気弱にも見えたヴィットーリオは怒りを込めて身を聳やかした。


「よかった。あなたが正直者で」


 ルナは煙を吐いた。

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