第十八話 予言(5)

「ルナ! 伏せろ!」


 ズデンカはルナに駆け寄って、力強く地面へ押し付けた。


「ぐっ、ぐるじい!」


 とかルナは喚いていたが、ズデンカは覆い被さって必死に守った。


 しばらく経つと揺れは緩やかになっていった。


 ズデンカは外が気になり、押さえつけられてへろへろになっていたルナを抱え上げ、椅子に坐らせた。


「また揺れたら地面に這いつくばれよ」


 と言い置き、扉を開けて駈け出した。


 慌てて走ってくるジェルソミーナと廊下で行き合った。


「ズデンカさん、大変です! 外が!」


 その顔はとても青白かった。


――こりゃ、地震の衝撃だけじゃねえな。


 ズデンカも悪い予感がして、階段を走り降りて宿の外へ出た。


 地面に大きな亀裂が走っていた。


 街の住人たちは絶望したかのように空を仰いでいた。裂け目に落下し、皆に助け上げられている者もいる。


「予言だ!」


「ベンヴェヌートの言ったことが現実になったんだ」


「やつは予言者だ! 未来のことが全て分かるんだ!」


「じゃあ……次は……」


「獣だ! みんな獣に貪り喰われるぞ!」


 住人たちは混乱していた。


「お前ら落ち着け! 単に偶然が重なっただけだ」


 ズデンカは鋭く怒鳴った。


「よそ者が、お前に何が分かるんだよ」


「そうだそうだ!」


 ズデンカの周りを取り囲むように人が押し寄せてきた。


「まあまあまあまあ」


 すたすたとその間へ分け入ってひょっこり顔を突き出したルナ。


「とりあえず、予言者であるところのベンヴェヌートさんのとこに行って、話を聞いてみないことには始まらないんじゃありませんか?」


「それもそうだな」


「行こう行こう」


 街の人々は群れなして歩き出した。


「ふう」


 解放されたズデンカはため息を吐いた。


「『鐘楼の悪魔』」


 笑顔だったルナがふと真顔になって一言呟いた。


「だろうな。これは」


「段々影響力が強くなってる気がする。ここまで甚大な影響を現実に及ぼせるようなものじゃなかったはずだ。……ベンヴェヌートさんが持っているのかな?」


「さあ、だがあの呆けた老人が関わってくると厄介だ」


「厄介って。君は優しいな。ベンヴェヌートさんを無意味に殺したくはないってことだろ?」


「そんなんじゃねえよ。あの本に取り憑かれたやつを助けるのはなかなか大変だがな」


「そうか! 一読して、さらにその上でうたた寝して無事だったわたしは凄いのか!」


 ルナは閃いたように人差し指をピンと立てた。


「あんなに泣き叫んでいたじゃねえかよ」


「それはそれとして、皆の後を追うとしようじゃないか」


 ルナは勝手に歩き出した。


 亀裂から幾らか隔たった場所に人垣が出来ていた。ベンヴェヌートがまた髪を振り乱して、熱弁を振るっている。


「獣には心せよ。黒い獣には心せよ。やつはお前らの中にいる。この場に潜んでおるのだ」


 途端に不安の波が広がっていった。


「予言者さま、お助けください」


 ある者はベンヴェヌートの足元へ金貨を投げた。


「これでお救いください」


 しかし、ベンヴェヌートは足で触れようともしない。


「こんなもの若い頃に幾らでも稼いだ。だが、何にもなりはしない。死んだ後の世界に持っていけるものではない。ただ、皆黒い獣に備えよ! 心してかかれ!」 


 ベンヴェヌートはどんどん神格化されていった。街の人々は、常にその周りを囲み、何かあるごとに助言を求めた。

 

「黒い獣には心せよ!」


 ベンヴェヌートとは言えば、もっぱらそればかり繰り返していた。

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