第十六話 不在の騎士(12)

 だが、それからだった。ビビッシェと多く話すようになったのは。


 奴自身収容所で親を喪ったと語っていた。でも、ハウザーに拾い上げられて、その部下になったのだと。


 ビビッシェは常に頭を使う。残虐さも俺以上に強かったが、その残虐さを有効に活用出来る機会を得ることに楽しみを見出しているようだった。


 収容所では多くの囚人たちを処刑しているようだった。いや、ともに行った視察の時に俺自身が見たことがあるので確かだ。


 あいつは自分の血で鉛の玉を作り出して、犠牲者に浴びせ掛けるのだ。


 どこから探しだしてきたのか知らないがハウザーは、頭の中のイメージを実体化させられる能力を俺たち五人に植え付けていた。


幻想展開ファンタジー・エシャイン」とか呼んでいたな。


 俺の場合は、この身体全てが幻想のようなものだ。姿が常に見えないのだから。他のメンバーは自分の技に名前を付けていたようだが、俺自身は一切つけていなかった。


「おほほほほほ、風流を解せないなんて困ったものですわね」


 ってボリバルは言っていたっけ。


「いいんだよ」


「つまらないお人だこと」


 ぱっと扇を広げ、骨組の間から俺を見つめながら、ニヤリと微笑む。


 何度殺してやろうと思ったことか。


「わたしがつけてあげてもいいよ」


 そんな会話にビビッシェが入り込んできて、突然言った。


「じゃあ、頼む」


「そうだなあ……」


 と言ってビビッシェはちょこまか俺の周りを歩き始めた。


「不在の……」


 どうせ道化師だろ、わかってるって俺は思った。その時だって道化師の服を着ていたのだから。


「騎士、でどうだろうか」


「騎士?」


 一瞬、笑ってしまった。まあ俺の笑いは見えないのだが。


「なんで、騎士なんだ」



「誰かの騎士になってあげられそうだから、君は」


 顔が赤くなった。とは言え俺の姿は見えていない。ビビッシェは何となく感じ取れるとしても、この様子までは見えていないだろう。

 



「真人間並みにドキドキなんかしちゃってる。人殺しのくせに」


 オドラデクは笑った。フランツの横からテュリュルパンの手記を覗き込むことに疲れたのか、肩を擦っている。


 これも本当に疲れているわけではなく、単なる真似なのだろうが、もうフランツは疑うこともしなくなっていた。


「どうでもいい。俺にとっては駆除すべき対象ってだけだ」


 フランツはそう言いながら胸騒ぎを覚えていた。


「でも、世の中そんなもんなんでしょう。殺人鬼だって、普段はみんなと笑いながら生活しているかも知れない」


「だからどうした」


「でも、殺人鬼であることは糺弾しなきゃいけないわけじゃないですか。いくらお涙頂戴の事情があったとしてもね」


「俺と同じことを言ってるな、お前」


 フランツは笑った。


「そうですね」


 オドラデクも笑った。

 


「君は案外従順で単純だからね。性根のとこは変えられないものだから」


 ビビッシェはニヤリと微笑んでいた。


「誰の騎士になりゃいいんだ?」


 全く困惑していた。


「さあ。それは君の望んだ人になってあげればいい。別に中世のおとぎ話みたく、姫に仕えろとは言っていないさ」


「……」


 俺は黙った。いろいろな思いが頭の中で巡った。今までそんな言葉を投げかけられたことがなかったのだ。


「いいじゃない。『不在の騎士』テュリュルパン。木偶の坊の割りにはさまになってるわよ」


 ボリバルはまだ笑っていた。

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