第十二話 肉腫(6)
廊下では母親が頭を抱えながら歩き回っていた。大仰かつ劇的な身振り手振りだ。
「どうしました?」
オドラデクは口調を変え、穏やかな調子で質問した。
「娘が! いないんです!」
「それは大変。探さなきゃいけませんね!」
と言いながら、フランツへ目配せした。
「あんなに大変なお身体です。あまり遠くまでは行っていないでしょう」
慌ててフランツは返答した。自分でも驚くぐらい丁寧な調子で。
三人は階段を降りて宿屋のほうぼうを探し回った。
だが、簡単にサロメは見つからなかった。主人も首を振るばかりだ。
「娘がいなくなったら私、死んでしまいます!」
宿屋の外に出て、道を歩く人々や、向かいの店員にいろいろ聞いてみた。
だが誰も娘の姿は見ていないという。あのような肉腫を抱えた格好なら絶対に目立つはずなのに。
一階の客間に集まって相談した。
母親は元気よく泣き叫びながらハンカチを引き絞っていた。しかし、その手はお菓子の入った器の方へ向かっている。
そろそろ夕刻だった。
「今日はとりあえず部屋に帰って、また明日探しましょうよ」
オドラデクはめんどくさそうに言った。
「はぁ、そうですか。いつかは帰ってくるかも知れませんしねえ」
母親も疲れてはいるらしい。
フランツは黙って二人を見つめていた。やはりオドラデクが女に変わっていたためか、二人の会話は弾んでいた。
「ほんと子育てって大変でね。娘はちっとも私の言う通りに育ちませんで。わがままものですよ。外に出ていきたい、出ていきたいって。あなたのその姿じゃどこでも暮らしていけないでしょ。って言っても聞かないんですよ」
「そうですよね。私まぁ、結婚はまだですけど、子供が生まれたら、大人しいこの方がいいですもん」
――バケモノめ。
いけしゃあしゃあと言ってのけるオドラデクにフランツは呆れた。
この格好のオドラデクとは初対面のはずで、どこの馬の骨か分からない女がいきなりしゃしゃり出てきたかたちになるのだが、母親は気にせず喋り続けていた。
――結局、相手は誰でもいいんだろう。
「やっぱりね。女に学問なんていらないんですよ。わたしなんて字すらろくに読めないけどこれまでちゃんと暮らしてこれましたからね。娘なんてちょっと家庭教師をつけて教えてやったからあんな風に性格がねじくれちゃって。学問をやらない方がね、女の子って素直に育つんですよ。少しでも物事を知ってしまうとおしまいですね」
――なるほど、話は符合するな。
サロメの言っていたことフランツは思い返した。
「もしサロメちゃんが元気になったらどこかお嫁に出す予定はあるんですかねえ?」
母親は露骨に渋った。
「そんな先の話なんて考えたこともありませんよ。今日を生きるのに必死ですからね。でもまあ、良い旦那を見付けて私を養ってくれるならいいんですけど」
最後のところで本音が漏れていた。
「さー、それじゃあ一旦解散にしましょうかぁ!」
あくびをしながらオドラデクは立ち上がった。
――とことん人間らしい素振りを真似するバケモノだ。
フランツは密かに思った。
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