第十一話 詐欺師の楽園(14)

 見るなり全身が激しく震えだした。


 母だったからだ。


 他の屍体と同じように痩せこけ、眼は落ち窪み、蛆に喰われ始めていた。


 怒りの感情もすぐには湧かなかったよ。人間ってさ、本当にショックなことがあると涙も流せないし、ただ呆然としているだけなんだ。


 こんなに心が動かないことって初めてだったよ。


 心が死んでいるのに身体は素直に動いていた。母はあまりにも軽かった。


 焼却炉の開いた蓋に思わず、遺体の足をぶつけてしまった。頭を最後に入れたかったから。


 別れを惜しむように。


 わたしが指を離すと、母は炎の海の中に消えていった。


 蓋を閉めたことを確認すると、ハウザーは灯りでもう一つの屍体を指し示した。


 それは父だった。


 死んだのはもっと前なのだろう。既に半ば白骨になっていて、眼窩は窪んでいた。やはり、痩せ衰えてしまっていた。頭の毛が一本も残っていなかった。


 最後に見た父の姿が目の前に浮かんだ。


 泣いてばかりのわたしの口を大きく広げて、


 「笑って」


 と言ってくれた。


 でも、わたしは心から笑うことが出来なかったんだ。


 後悔ばかり感じてしまう。


 直前まで一緒にいた母と違って、最後に会って数年も経過していた父とは距離があったからだろうね。


 わたしは溢れる思いを押し殺して、父の遺体を運んだ。


 親衛部に急かされるかたちでビビッシェも喘ぎながらわたしについてきている。一緒に動かないと転けてしまう。わたしはビビッシェが怪我をしないように気を使っていた。


 父の身体が焼却炉に消えていく時、わたしはこっそり祈りを捧げた。


 こうやって、わたしは父と母を火葬したのさ。


 幾つも屍体を焼却炉に入れてしまうと、わたしは親衛部に引き立てられて歩かされた。


「こうまでして発現しないか。なら、とっておきの手がある」


 ハウザーはぼやいていた。


 これから何をされるのかも分からず、わたしは進んでいった。


 わたしたちはまた室内に戻って長い廊下を幾度も歩いた。


 やがてたくさんの人の話し合う音が響いてきた。


 同胞たちだ。


 みんな同じような縞が入った囚人服を来ていた。収容所で支給されていたものだ。


 個性を奪われている。


 わたしは実験室に引き取られて子供らしい服を着せて貰えるようになっていたから、なおさらそう感じたんだろう。


 久しぶりに聞くみんなの声がとても懐かしく、わたしは走り出した。


「ルナ!」


「元気にしてたか?」


「この子はどうしたんだ?」


 わたしは声も出なかった。皆と抱擁し合って再会を祝した。


 ビビッシェは力なく項垂れているだけだった。


「廊下に並ぶように、兵隊から言われたんだ」


 そう皆から話を聞いて、嫌な予感がした。


「お前らは汚れている。綺麗にしてやらなくちゃな」


 スワスティカの将校が馬鹿にするような声で命令し、わたしたちは歩かせられた。


 ビビッシェへ肩を回し、一緒に足を進めた。


 大きな広間へと続々と入っていく。

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