第十話 女と人形(7)

 母が死ぬとロランは涙すら見せず、私に代わりをするように言いました。


「お前がやるのだ。母親と同じようによがり、あえぐのだ」


 初めはなぜそんなことをやらないといけないのかがわかりませんでした。


「この家で女は俺の人形だ。言うことを聞かないと、どうなるかわかるな」


 と脅されもしました。


 ベッドに呼ばれて、ロランに抱かれました。身体のいろいろな場所を弄られますが、私は痛いだけで何が面白いのか分かりませんでした。


「一人前の女になったな」


 汚れたシーツを指差してロランは笑いましたが、私は嫌な思いがしただけでした。


 派手な格好をさせられて、ホールに立たされる生活が始まりました。


 何度もつっかえて文字を間違えながら、本を読み進めます。


「母親とは全然違う」


「無理もない。子供だもの」


「いや、子供の方がそそるぞ」


 そう言ってお客たちは読んでいる私の肌を撫で擦るのです。


 幼過ぎたのですね。何をされているのかよく分かりませんでした。


 ロランもそれを許していましたし、正しいことなんだなと思った。


 でも、何の感情もわき上がってこないのです。


 変な喩えですが、果てのない砂漠の中を一人で歩いて行くような感じで、いくら言葉を尽くした小説を読んでも、極彩色の秘図を眺めても一向に気持ちが昂ぶりません。


 でもお客さまを喜ばすため、表向きだけは母のようにあえぎ、悶えることを覚えました。そういう演技は幾らでも出来ますから。


 慣れって怖いです。外の世界を知らない私は、他の家でもそれが当たり前なんだと考えていました。


 おかしいなと気付けたのは図らずも本を読んだからです。ロランは朗読のためにたくさんのポルノグラフィを読ませましたし、私もうまくなるよう色々な本で練習しました。


 中には、普通の生活について書かれた本もあったんです。


 ロランは読みもしないようでした。彼は人と掛け離れた突飛な妄想を好み、過激な作品を愛好していました。その中で描かれていることが、当たり前であるかのように信じて暮らしていたのです。


 お客たちに犯され、嬲られるのは普通のことになっていきましたね。


 裸のまま、テーブルの上に横たわって、いろんな角度から眺められたこともあります。


 辛い時もいつか過ぎ去るのだと、私は念じ続けました。


 いろいろなところから女の子を引き取ってきて、わたしに同じようなことをさせていました。


 でもその子たちと話すことによって、私はもっと具体的に外の世界を知ることができました。


「街に色んな人が住んでるんだよ。好きな時に好きなところに行けたし、こことは大違い」


 はっきり教えてくれる娘もいました。ペルッツさまにとったら、なんだそんなことかと思われるかも知れませんが、私は街を歩いたことがないんです。


「いつか一緒にいこう」


 私は手を握り合いました。


 話す相手が出来ると、想像はもっと広がっていくものです。


 私が他の娘と話す様子を見たのか、ロランは彼女たちを引き離すようにしました。


 ここ一月ほどは、部屋のどこかから鎖が引きずられる音しか聞こえてきません。


 どうしたのでしょうか。


 ロランは女を個としてみないのです。類として語り、皆同じであるかのように扱います。


 「女が男を人形として支配するか、男が女を人形として所有するか、その二つしかこの世にはありえないのだ」


 正しいことなのか、間違っているのか、私ではちゃんと答えを出せません。


 ですが、一つだけ、直感で言わせて頂けばただただおぞましいというしかないのです。 私は他の子たちに教えて貰った外の世界に焦がれるだけです。


 叶わぬことだと知っていても。


 いつかは出たい。


 外の景色を見たい。そればっかり願っていましたね。

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