第十話 女と人形(2)
丘の急な勾配を越えると、広大な敷地と綺麗に手入れされた花園が姿を現した。
ヴィルヌーヴ荘だ。
ルナを乗せた馬車はゆっくりと玄関に続く歩道へ滑り込む。
執事が顔を見せて挨拶した。
「これはこれは、高名なルナ・ペルッツさまではないですか」
「顔で分かりましたか」
少し顔を歪めステッキを突きながらルナは馬車の昇降台を下った。
先に降りていたズデンカは心配そうに目をやる。
「新聞ではよくルナさまのお写真をお見かけしますからね」
執事は言った。
「以前どこかでご主人・ムッシュー・ロランから招待状を頂きまして。幸い近くを通ったので、ぜひ一夜の宿を乞いたく思い、参上させて頂きました」
ルナは出来る限り笑顔を浮かべて、来意を告げた。
「それは願ったり叶ったりです。ちょうどロランさまも身内だけを集めて今季のパーティを開かれていたところだったのですよ」
「ご
ルナはフラフラしながら執事の後に付いていった。
ズデンカはルナが倒れたりしないように後ろから観察して歩いた。
シャンデリアまで吊された大広間に通され、主人オクターヴ・ロランと対面する。
髭を伸ばし、偉そうにピンと上へ跳ね返らせていた。
「ヴィルヌーヴ荘によくいらっしゃいました、ペルッツさま。もう二年前でしょうか。エルキュールに滞在されていた時にご挨拶させて頂きました」
と言って幾つも宝石を嵌めた指輪で飾った手を差し出す。ルナは握り返した。
「覚えております。それにしてもご立派なお姿ですね。近頃流行りのダンディというやつですか」
ルナはお世辞を言った。もちろん、覚えていないのだろうと黙って傍に控えるズデンカは思った。
「頽廃の限りを尽くしておりますからな。この屋敷は私の『悦楽の園』とでもいったところで」
「よほどお楽しみなようですね。ぜひ拝見したいなあ!」
ルナは笑った。
「ペルッツさまにはぜひ気に入って頂けるかと思いますよ」
「もしや、何か
濁っていたルナの瞳が突然輝き始めた。
「最近、私も作家の真似事を始めましてね。地下出版というかたちで本を出しているのです」
ロランはニヤリと笑った。
「それは面白い」
「実は今日はその朗読会を行いたいと考えているのです。好事家連中を集めてね」
「なるほど、それが執事さんの仰っていた『今季のパーティ』というやつですね」
「そうです。ぜひ参加して頂けませんか?」
「メイドも一緒で良いですか」
「もちろん。ですがメイドさんにはいささか刺激が強すぎるかも知れませんけどね」
好色そうな視線を向けられてズデンカは思わずにらみ返した。
「ずいぶんお気の強い娘さんのようだ」
ロランはまだニヤニヤ笑いを続けていた。
「うちのメイドも刺激の強いものに慣れていますので大丈夫ですよ」
ルナはあっさり答えた。
「なるほど。ではこちらへ」
ルナとズデンカは図書室へ案内された。
さまざまな言語で書かれた本が取り揃えられてある。もちろんルナの『綺譚集』も全巻並べられていた。
だが、ロランはそこには目もくれず、部屋の隅の方へと歩いていった。
やがて、一つの可動式の書棚を横へ退けた。
するとそこには棚はなく、地面に大きく矩形の穴が開いていて、地下へ繋がる階段が続いていた。
「よくある仕掛けですね」
ルナは微笑んだ。
「古い家ならどこでもありますよ」
ロランが応じた。
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