第八話 悪意(7)

 ベッドの上の服やパイプまでなくなっていることにしょんぼりした。


 ぼんやりと天井を眺める。明るい光を点した電球が吊り下げられ、ゆらゆら弧を描いて揺れている。


「二日の間に全てを失っちゃうなんてな……」


 ルナは声に出してみた。


 コンコン。

 軽く、扉がノックされた。


「誰?」


 ルナは訊いてみる。


――エスメラルダかな。


 返事はなかった。


 いや、返事を待つまでもなく扉が勢いよく開け放たれたのだ。


「え」


 ルナはまた、血の気が引いていくのを覚えた。


 部屋に雪崩れ込んできたのは酒場にいた男たちだった。


 ルナの手を触った男の他に、何人もの仲間が付き添っている。


 男はルナの顎を持ち上げ、顔を近づけた。


「年増かと思っていたが、女のかっこうしてみりゃ、なかなかの上玉だな!」


――なんで? なんで?


 この家は安全なはずだ。あまりの突然な出来事に、ルナは恐慌状態に陥って身

動き出来なかった。


 幻解エントトイシュングしようと思っても、パイプがない。もともとパイプがなくても出来るはずだが、今はなぜか出来ない。力が使えないのだ。


「お前、まだ気付いてないのか?」


 男は嘲笑った。


「騙されてるんだよ」

「ひえっ!」


 ルナは変な声を上げた。


――騙されたって誰に?


「ルナ。あんたさぁ……」


 男たちの後ろから、ひっそりとエスメラルダが入ってきた。


 一瞬安心したルナだが、すぐに全身が震え始めた。


 エスメラルダの口元に、あの――悪意の笑みが浮かんでいたのだから。

 

娼婦あたしらのこと、蔑んでたよね」

「そっ、そんな! そっ、そっ、んなことないっ!」


 ルナはどもりながら叫んだ。だが、実際は気付いていた。


――エスメラルダの言うことは正しい。


 ルナには多くの恋人がいたが、男と関係を持った女もいた。ルナはそんな時、どこか嫌な思いをした。


――汚れる。


 言葉にすれば凄く嫌だが、そんな思いを感じていたのだ。


 ましてや不特定多数の男と関係のある娼婦のエスメラルダにはどこか忌まわしい印象を覚えていた。


 もちろん、ルナだって男の友人はいたし、全員が嫌いではないが、身体を接することは何となく気持ち悪さを感じてしまうのだった。


 本人のことはすごく好きだった。でも、ベッドの上にいるときは、何か嫌な感じがした。眼を見つめ合い、寄り添っても、どこか不潔な感じがしたのだ。


――男と寝て金を取る娼婦なんて、なくなればいい。


 ときどき、そう思うこともあった。


「気付いていないとでも思ってた?」


 ルナはやっと逃げようとしたが、ドレスに足がとられて縺れる。


――歩き慣れていない。着換えさせられたのはこのため?


 酒もまだ残っているのか頭が重くなってきた。


 その間に、男たちがルナの周りを囲んだ。


「この家は、小さな娼館でもあるんだよ。ちょうど人手が足りなかったんだ。ルナにはその一人になって貰おうと思ってね」


 エスメラルダは悪意をたたえた笑顔のままルナを見据えた。


 恐怖が極限に達して、思わずルナは笑ってしまった。


「なんだ。お前も楽しそうじゃねえか」


 男がそう言ってルナの胸元へ手を入れる。虫酸が走ったルナは後ろに下がった。


 そこへ無数の手が身体を撫で回してくる。


 臭い息が掛けられた。


 悪寒がした。


「やめて! やめでぇ! いやだぁ、なんで、なんでこんなことするのぉ!」


 歪んだ叫びを上げ続けるルナを、


「こいつ、もうよがってやがるぜ!」

「うひゃひゃひゃ。なら抱いてやらなくちゃな!」


 男たちは手を叩いてはやし立てた。

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