第七話 美男薄情(1)

トゥールーズ人民共和国中部首都エルキュール――

 

 風邪で寝込んでいた綺譚収集者アンソロジストルナ・ペルッツが完治するまで一週間かかった。


 メイド兼従者兼馭者の吸血鬼ヴルダラクズデンカは、その間ホテルから一歩もルナを外へ出さなかった。


「また、ぶり返すといけねえ」


 途中、オルランド公国陸軍軍医総監アデーレから電報を受けたが、無視を決め込んだ。


 ルナはまだ熱が下がりきっていなかったし、ズデンカも関わりたい相手ではなかったからだ。


「もういいよー。出かけたい!」


 ルナは布団の中で藻掻いた。


「すぐはしゃぐからな」


 とは言ったものの、ずっとここにいる訳にもいかないと思い、ズデンカは外出を許すことにした。


 先日某大学で男が起こした乱射事件は大きく世間を騒がせていた。


 しかし、新聞には現場に居合わせたルナの名前は書かれていなかった。アデーレのもだ。


 ヤモリの化け物の死骸の記述すらなく、犯人は自殺したとあった。


 オルランド公国との外交問題に発展する恐れもあるので、報道規制がなされたのだろう。


 ベッドから出されたルナはふらふらとよろめいた。


 厚手のパジャマをだらしなく着こなしている。


 何も言わずズデンカは脱がせた。


 ルナの足やら腕にはうっすらと髪と同じ色のムダ毛が生えていた。


「剃ってやるよ」


 ズデンカは言った。


「いらない。どうせ服を着るんだし」


 断ろうとするルナの首根っこを捕まえてズデンカは浴室に連れ込んだ。


「やだやだー!」


 手足をバタバタするルナを押さえつつ、ズデンカは器用に石鹸を塗り、備え付けの剃刀を使った。


「もう一年近くやってやってるんだ。辛抱せい」


 ズデンカは子供を宥めるかのように優しく言って聞かせた。


 不死者にはムダ毛は生えない。いや、自在に髪を縮めたり伸ばしたりはできるのだが、肌の毛をわざわざ伸ばしたりする必要性は感じない。


 ズデンカが人間だった二百年前は別だが。


 でも、慣れなかったズデンカは既にルナの肌に傷を付けないだけの技術を習得していた。最初のうちこそ血まみれにしていた記憶があるが……。


 それでルナはすっかり懲りたのか、めんどくさがった。


「なんで剃らないといけないの」

「みんな剃ってるからな」

「女だけだろ? 男はそのままじゃないか」


 また始まったかとズデンカは思った。この話になるとズデンカも答えるのを躊躇ってしまう。 


 女には毛が生えないと勘違いしている男もたくさんいるほどだ。


「ズボンや袖で隠れるんだからそのままでもいいし、子供の時以外ずっとそうだったよ。なのに君はやらせるんだから」


 ルナは男装をしているが、格別男を称しているわけではない。世間からも女として見られている。


「その方が気楽だから」


 ズデンカが理由を訊いてもルナはそればかりだった。まあ、ズデンカがメイド服をずっと着ているのも同じ理由だ。


 二人の見解は一致していた。


 ルナの脇腹には大きく抉られたような傷跡がある。ズデンカは何度も確認していたが、訊かないようにしていた。


 毛を排水口に流し、ツルツルになったルナを風呂から引っ立ててタオルで拭いてやった。

「無駄な時間だった」


 ルナはシャツを着た。


「早くいこう」


 ズデンカは粛々と外套と帽子を取りに向かった。

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