第四話 一人舞台(3)

「くだらねえ」


 ズデンカは一言の元に吐き捨てた。


「男を行動させるために女が殺されたり犯されたり、そればっかりじゃねえか」


「世間さまでは流行りなんだよ。割れんばかりの拍手だろ?」


 ルナの言う通りだった。二人を除く劇場内の観客はみな手を叩いているのだった。


「信じられん。作り話なんて見なくても女は殺されてるし……犯されている」


 ズデンカは目をつぶった。今まで見てきたものを思い返すかのように。


「人間生活の懊悩の深遠な洞察をもって描き出された素晴らしい作品だよ。作者の顔が見てみたい!」


 ルナは絶賛した。ズデンカはすぐ皮肉だと分かった。お望みの綺譚おはなしはリヒテンシュタットの舞台にはなかったらしい。


 俳優が出て来て挨拶する場面すら見ずに席を立つ二人。


 館内の喫茶室でクリーム・チーズをたっぷり塗ったベーグルを何個も味わうルナの横に立ったまま身動ぎせずにいるズデンカ。


「ふぁべないの?」


 ベーグルを頬張ったまま聞くルナ。


「お前それ嫌がらせで言ってるだろ。食えないんだよ」

「もぐもぐ……うっぷ」


 そうやって喉を詰まらせたルナの背を軽くポンポンしてやるズデンカ。


「おいしかった」

「よかったな」


 二人が喫茶室を出ると、大勢の観客たちが押し寄せてきた。


「挨拶が終わったんだね」

「めんどくさい潮時に居合わせちまったな。すぐ帰りゃよかったんだ」


「あの、ペルッツさま……ルナ・ペルッツさまですよね」


 馬の尻尾のように黒髪を後ろでくくった少女が瞳を輝かせながら近付いてきた。


「やあ初めまして。どなたでしょうか?」


 ルナは帽子を脱いで挨拶した。


「わたしはヴィルヘルミーネと申します」

「何か面白い綺譚おはなしでもお持ちかな?」


「おい、いつもそればっかだな」


 ズデンカは止めようとした。


「いえ、そうじゃないです。でも物語に心惹かれていてあなたの名前を知らない人はいませんから」


「そんな大層な者じゃないですよ」

 ルナは謙遜した。


「わたし役者の卵なんです! 小さい頃からペルッツさまのまとめられた綺譚集アンソロジーを何度も何度も読み返して、作中の人の気持ちになりきって演じてみていたんです。それが今の道に通じました!」


「にやけてるぜ。よっぽど嬉しいんだろ」


 ズデンカはルナの脇を小突いた。勘付かれていたのだ。 


「あなたがズデンカさまですね」


 ヴィルヘルミーネはぺこりとお辞儀をした。


「なんであたしなんかのこと知ってんだよ!」


 ズデンカはびっくりしていた。


「最近出た綺譚集アンソロジーの献辞にズデンカさまのお名前が乗っていましたので」


「へえ、そんなもんあったっけなあ?」


 もちろんズデンカもルナの本は隅から隅まで読んでいるのだが、献辞は読み飛ばしたらしい。


「君にしたら珍しいおっちょこちょいだな」


 ルナは笑った。


「あたしなんかを知ってるやつがいるってのが驚きだっただけだ」

「『なんか』を繰り返してるよ。動揺してるな」


 ルナはからかった。


「うっせえよ」

「お二人は仲がよろしいですね」


 ヴィルヘルミーネは笑った。


「これからご予定はあるんですか?」


 ルナは聞いた。


「実はわたし、明日リヒテンシュタット先生の演劇講座に参加しようと思っているのです!」

「それは素晴らしい」


 ルナは手を叩いた。


「演劇講座ぁ? なんかうさんくせえな」


 ズデンカは疑ってかかっているようだった。


「役者の卵がお金を払って、先生から直接ご指導受ける機会が得られるんです。しかも! 伸び代があると判断されたら、みごと俳優として出演させてくださるかもしれないんですって!」


「そんなの一握りだけだろ?」


 ズデンカは皮肉っぽく言った。


「一握りだけだからこそ目指したいんです! 実力を評価されたいんです。リヒテンシュタット先生のお芝居はわたし、欠かさず通って見てるんですよ!」


 その手を握りしめて目をきらきらと輝かせながらヴィルヘルミーネは語った。


「そっ……そうかよ」


 ズデンカは思わずたじたじとなった。


「すっかり毒気を抜かれちゃって。どうです? 明日からってことは今日はお暇でしょう。今夜一緒にご夕食しませんか? もちろんお代はこちらが持ちますよ」


「えっ、いいんですか?」


「大切な読者ですからね。厚くもてなさないと」


 と、躊躇いがちな顔でこちらを見つめてくるズデンカと眼を合わせながらルナは言った。

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