第二話 タイコたたきの夢(1)

オルランド公国南端エンヒェンブルグ――


 ぴかぴかに磨かれ、胴が真っ赤に塗られた太鼓ドラムを抱えた軍楽隊が、何列も縦隊を組んで行進していった。


 綺譚蒐集者アンソロジストルナ・ペルッツはソファに座りパイプを吹かしながら、ホテルのバルコニーから軍事パレードを眺めていた。


「あれだけ綺麗に揃って演奏するために、どれだけ時間が費やされたのかな」

「そりゃ、練習は熱心にやってるんだろうさ。それが仕事だからな」


 メイド兼従者兼馭者のズデンカは、ひどく真面目に答えた。


 エンヒェンブルグはオルランド公国五指とは言わないまでも、十指のうちに入る主要都市だ。


 先日、ルナとズデンカが発ったボッシュから更に南下した場所に位置する。


 陸軍第三師団が軍事パレードを挙行するので、ルナはこの都市にどうしても寄りたいと言ったのだ。


「知り合いが来ているんでね」


「男か、女か?」


 ハッとしてズデンカが訊いた。


「女だよ」


 とたんにズデンカの顔は曇った。


「軍人の女かよ。珍しいな」


「まあ、軍医なんでね」


 敗戦後、独裁国家スワスティカは三つに分かれた――オルランド公国、ヒルデガルト共和国、カザック自治領――以来十年。


 複雑怪奇な構成を持つスワスティカ軍は解体され、新たに三つの国で陸海軍の編成が行われたが、芳しくはない。スワスティカを破った連合軍側から軍縮要請を受けているため、あまり拡充は出来ていないのだ。


 当然、政治や軍の要職にもスワスティカに国を追われた者が多く返り咲くことになった。


「彼女はシエラフィータ族でもあるからね。わたしと同じだ」


 スワスティカによって大量虐殺にあった民族、シエラフィータ。連合軍に解放された後は一転して世間で持ち上げられる存在となっている。ルナもその一人だ。


「ルナ、身体は?」


 ホテルに着いてから体調を崩したルナを心配して、ズデンカは訊いた。


「もう良くなったよ」

「じゃあ、さっさと済ませようぜ」


 嫌なことは早く終わらせたいと思うズデンカだった。


「ちょっと待って、下で何か騒ぎが起こっているようだよ」


 確かにたくさんの人の慌てた声が聞こえてきた。


「君、行ってきて」


「あたしがか?」


 ズデンカはめんどくさそうだった。


「まだ、体調が悪いんだ」


「お前、さっき良くなったって言っただろうがよ!」


 そうぼやきながらもズデンカは歩き出した。

 

 階下に降りてみれば何と言うことはない、よくある酔っ払い騒ぎだと言うことが分かった。


 玄関の階段に小柄で腕の細い兵士が一人、瓶を片手に寝転がっていた。その腰には行進していた者たちと同じ、太鼓が据えられてあった。

 

 小綺麗なお客ばかりのホテルのためか、騒ぎになっただけのようだ。


「なんだつまんねえ」


 遠巻きに眺めてズデンカはつぶやいた。


「面白そうだね」


 ルナが傍に立っていた。


「しんどいんじゃなかったのかよ、っていうかただの酔っ払いだぞ」


「軍楽隊だろう。さっき話題にしてたじゃないか。インタビューしたいね」

「酔っ払いにまともな話は訊けんぞ。世間知らずだな」


 ズデンカが止める間もなく、ルナは兵士に近づいた。


 制服はよれよれで半ば泥だらけだった。髪はぼさぼさで何日かは風呂に入っていないようだ。年頃は若く、まだ十代後半といったところだろうか。


「あー、頭いってぇ!」

「君はどこからやってこられたんですか?」


「陸軍第三師団軍楽隊所属!」

 

 酔っ払いは大声で怒鳴った。


「誰だよ一体! 俺はどうなろうが知ったこっちゃないんだよ! 放って置いてくれよお!」


「わたしはルナ・ペルッツ。旅をして回っている者です」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る