第2章 第16部 第7話
「ふふ……ホームシックかしら?」
「そうかも……」
吹雪には解る。この家が失われそうになった時の鋭児は、本当に悲しそうだった。そこにこうして自分達が集うことが出来ると言うことは、彼にとってこれ以上にない幸福なのだろうと。
「みんなは?」
「美箏と焔は、彼女の家に言っているわ。煌壮と千霧先輩は、今の炬燵で寛いでいるはずよ」
「そっか……」
どうやら、全員この家に居るわけではないらしい。
しかしあまりガッカリというわけでもない。焔は文恵との時間を楽しみにしているし、美箏にとっては実家である。両親と過ごす正月は、彼女にとって平和そのものである。
何となく納得の行く結果だと言える。
「今、吹雪と夕飯の仕込みをしているのよ。将来黒野家の台所に確り立ってもらわないとね、炊事班として……」
「あはは」
確かにアリスとしては、人手がほしいところなのだろう。
この中で、料理を満足に出来るのは、アリスと吹雪、そして美箏くらいなものだ。
焔と煌壮は、完全に食べる専門である。自分も若干手伝えなくはないが、それでも二人に比べれば拙く、足手まといにしかならないだろう。
「鋭児も疲れたでしょ?居間ゆっくりしていると良いわ」
「そうする」
鋭児の返事を聞いたアリスは、スルリと離れ、再び台所に向かう。先ほど言ったとおり、食事の仕込みをしているのだ。余り長く手を放すことも出来ないのだろう。
そして吹雪も名残惜しそうに、鋭児から離れ、アリスの後ろをついて行く。
台所に向かった二人と別れ、鋭児は居間に入る。
襖を開け、中に入ると炬燵が置かれており、炬燵にはラップトップPCが置かれて、放置されたまま、炬燵に下半身を入れた状態で、ごろりと転がった千霧の姿が目に入る。
そしてスヤスヤと寝息をついているのだ。
「千霧さんは、仕事のしすぎだな……」
ワーカーホリックと言う訳ではないだろうが、このあたりは何となく社会人だと認識させられる。それにしてもジャージ姿とは珍しい。しかも白いジャージである。
彼女も一応寛ぐ体制に入ろうとしたのだろう。だが、仕事も片付けなくてはならず、作業をしていたが、最終的には炬燵の魔力に負けてしまったと言ったところなのだろう。
能力者の前提として、恐らく風邪を引くことなどないのだろうが、それでも身体を冷やすことになりかねねず、鋭児は押し入れから毛布を出すために、一端千霧の横を通り過ぎる。
そして炬燵の反対側に周り込んだ所で、炬燵布団から、横向きになった頭の半分と、だらしなく垂れ流されているツインテールが目に入る。
「うわ……って、全身かよ……」
鋭児は思わずしゃがみ込み、若干見えている額をペチン!と叩くのである。
「イテ……」
「のぼせるぞ……」
「オレはもう、炬燵無しでは生きてられない身体になってしまったんだ……。今出ると死ぬ……間違い無く死ぬ……」
「ったく……言ってろ」
鋭児は煌壮を炬燵から放り出すのを諦めた。恐らく引きずり出したところで、目を離した瞬間に、潜ってしまうに違いない。
どうやら炬燵は完全に二人に占領されてしまっており、互いに左半分を譲り合っている状態となっている。
押し入れから、毛布を引っ張り出した鋭児は、そっと千霧にそれを掛ける。
「う……ん」
恐らく当人としては思わぬ感触だったのだろう。それにあまり深い眠りではなかったようで、千霧は目を覚ましてしまう。
「あ……済みません。身体が冷えないようにって思ったんですが……」
鋭児がが塵気の横に座り、毛布を整えながらそういうと、千霧は首を左右に振る。
「お帰りなさい……」
眠たげな声で千霧は、鋭児の帰宅を喜び、ニコリと微笑むのだった。それから毛布の中から手を出して、鋭児を手を求める。
鋭児は千霧の手を取る。
普段余り高い体温ではない千霧だが、炬燵の中で温められていた彼女の手は、体温より俄に熱くなっている。そして普段体温の高い鋭児の手であるが、外気に晒されていたため、今は少し冷えており、なんだか普段とは逆の立場である。
「出先では問題などなかったですか?」
「うん。特に……。でも、快晴にあまり元気がなかったかな。入園の気持ちは強いようだけど、多分火縄さんに負けたのが、可成り悔しかったんだと思う。ちょっと引きずりすぎかなとは思うけど、此ばっかりは自分で、超えなきゃならない壁だと思う。多分自分の位置が解らないんだよ。ただまぁ、卑弥呼様の顔を見ることが出来たのが、励みになったかな。みどりは相変わらずだった。アイツは気持ちが強いから、多分心配ないと思う」
「そうですか。蛇草姉様達にも、少し気に掛けておいてもらうよう伝えて起きます」
「あと、炎弥達にあったよ。二人に迷惑掛けたから、慰安旅行がてらお金を落としていくって、その火縄さんがね」
「そうなのですね。お元気でらっしゃいましたか?」
「はい」
鋭児のその一言で、炎弥の様子も分かろうものだ。となると、喫緊特段に心配すべきことはないのだろうと、千霧は一安心したように目を閉じる。
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