第2章 第10部 第17話
「あ……焔さん?」
鋭児は慌てて、ズボンの後ろ右ポケットにねじ込んでいたスマートフォンを取り出して、そう答えるのだった。
その最中でも炎弥は鋭児の肩に頭を擡げて預けてウトウトと心地良さげにいている。
「あぁいや、コンビニ……え?ああ、ほら寝言でプリンてずっと言ってたし。昨日もほら……」
結局昨日は、なんだかんだと目的地までの距離感なども把握出来ていなかったため、見るだけに止めたのだ。正確に言うと、鋭児が止めるだけにさせたと、言った方が正しかった。
「うん。もう少ししたら戻るよ。タクシー使っても良かったんだけど、せっかくだから、快晴のオヤジさんと合流して帰るから……うん。冷蔵庫に入れておく……」
「なに?彼女?」
鋭児が電話を切ったタイミングで、炎弥が眠たげな声でそういう。
「あ……ああ、そうなんだ」
「ふぅん……」
炎弥は若干不満げな声を漏らしながら、未だ鋭児に持たれるのをやめようとはしない。
そう、彼は男である。鋭児はそれを再認識したのだ。
男が男の肩に凭れかかりウットリとしている。そして自分はその頬を撫でて、愛でつつもあやしていたのだ。
尤も彼の怪我を心配してのことだったのだが、行為がいつの間にかそのように移行していたことに、気がついてしまったのである。
「えんや……その、痛みは取れたんだろ?」
「取れすぎて眠い……気持ちいい……ふわふわする」
「ああ……」
そう、彼は病人で怪我人だ。そんな彼を冷たく突き放すことなど鋭児には出来ない。彼の心情心境を明確に尋ねたわけではないため、彼の行為の本質を理解していない。よってそれは自分の勘ぐりで、彼は本当に、痛みからの解放に弛緩しているだけなのかも知れない。
何れにせよ、先ほどの痛み具合から、もう少しの休憩は、必要であろうと鋭児は思う。
「まいったな……」
若干冷静になれた鋭児は、先ほどのように炎弥に吸い込まれることは無かったが、それでも凭れかかる彼は軽い。
男としては自分もマッチョではないが、炎弥は軽すぎる気がした。
「わ!……いえ、武田君!」
急にそんな声が聞こえる。
誰かと思えば依沢である。勿論鋭児と依沢は面識があるわけではない。だが、依沢は鋭児の存在も顔も知っている。そして、鋭児の側には炎弥がいるのだ。
だから、依沢は普段の彼を呼ぶときのように「若」と声を発してしまいそうになった。
だが、側にいるのは炎皇鋭児である。
状況敵に非常に危ういニアミスだというのに、その一言を発してしまえば、鋭児に不信感を与えかねない。
彼女がとっさにその名を口に出来たのは、当然事前に直接名を出せない時のための準備である。一方依沢は、風林火山と呼ばれる一人であっても、名そのものは、特に家を背負ってのものではないため、呼び名を変える必要性もなかった。
「ああ……依沢……先生」
それでも、二人の年齢差から考え、また彼女が普段保険の教員をし、炎弥の治療を行っている事も含め、外では極力そういう関係性を作っている。
「済みません、この子が、ご迷惑を……」
「ああ、いえ。余り様態が良くないみたいでしたので……」
鋭児はそう言って、炎弥の頬をもうひと撫でする。
そして、炎弥の右耳の側で真言を数度口ずさむのだ。
「あ……」
炎弥はなんとも色っぽい声をだし、目を蕩けさせる。
〈真言……この子はこんなことも出来るんだわ……〉
依沢は驚いた。実際は何でも良かった。
鋭児がそれを口にしているのは、当然アリスの教育の賜である。当然その経緯は、文恵が怪我を直すために行った行為であり、黒野の里で老婆を助けようとした際に行ったことだ。
何でも良いというのは、宗派や儀式には拘らないと言うことだ。
要は意味を理解し、言葉を放つこと。
つまり言霊である。
そして言葉をより神格化させるために、祝詞や真言を利用する。
勿論言霊として十分な力を発するため、そこへ意識を集中させなければならない。本来これは聖属性の能力者が得意とする分野であり、当然相対する闇属性の能力者であるアリスも同じであるが、決定的に違うのは、加護か呪詛かだ。
鋭児は炎属性の能力者であり、本来そこに篭もる効果など微々たるものにしか過ぎず、儀式的に彼がそれを行う意味というのは、なさない事だ。
いくらこの場に彼だけがその行為を行う事が出来る人間であるとしても、元来彼の属性的目的は、戦闘であり治癒ではない。
よって当然、真言など覚えていることが、抑不自然だと言える。
当然そこには一つの推測が成り立つ。彼には炎属性以外の力がある。それが副属性である可能性も否めないが、依沢には見分けが付くものではなかった。
「黒野君……イっちゃうよ……」
「あ……いや……て、やめてくれよマジで……」
鋭児は頭を痛めてしまう。しかし、鋭児は思わず炎弥の股間をちらりと見てしまう。どうやら男としての生理反応は見せていないようで、若干の安心感を得る。
しかし、炎弥に手だめに取れている黒野鋭児という少年を見ていると、依沢はクスリと笑う。
「あら……お邪魔しちゃったかしら?」
「いえ……あと!誤解しないで下さいよ!オレは普通に、彼女いますので!」
「あらそう?残念。武田君立てる?」
「うんどうにかね……それじゃ……黒野君。このお礼は必ずするよ……」
「あ……うん。お手柔らかに……」
鋭児は動揺を隠せず、その場から立つことが出来ない。
そして、依沢に肩を預けながら、その場を去るのであった。
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