第2章 第4部 第11話

 そして、これが自分たちの花道であると悟った者達もいたのだろう。

 元々能力者は戦いの中で産まれ、生きてきた者達だ。それは彼等の宿命でもある。誰もが六家の名の下に跪くわけではないのだ。


 「なんてことを……新……」


 それでは、誰も救えないではないか。

 蛇草の表情が苦渋に満ちる。


 これは、新が死ぬか、自分たちが滅ぶかのデスゲームなのだ。

 村人達にとって、新を取り返しに来た彼等を根絶やしにし、あるいは道連れにする覚悟だったのである。

 最悪の展開だ。彼等は命乞いを放棄したのだ。

 

 「安心してください!今すぐ、東雲新の身柄を解放して頂くというのなら、この里をこれ以上傷つけるような真似は致しません!」

 それでも蛇草は、自らの成すべき事をする。

 

 「笑わせるな!党首代理が自ら乗り込んできただぞ!」

 蛇草は能力者であり、東雲家に仕える柱の一人である。主に従い動くのが彼等の天命であることは、誰もが知るところなのだ。

 忠実な下僕である彼等が、その意思を示すことは、時代であるならば、自害を命じられても不思議ではない行為なのだ。

 そんな生き方をするわけが無いと、彼等には刷り込みがある。

 そして、それを忠実に熟しているのが、雲林院という訳だ。

 

 それに対し、里に住む人間は、そんな世界から足を洗った人間や、そもそも情報から自分たちを遮断した人間達だ。

 基本敵に静かな生活を好んでいるのだ。

 しかし、その反面自負といものを忘れているわけではない。くすぶりつつあるのも、また確かな事実だ。

 彼等は非常に不安定なのだ。

 

 「解りました」

 蛇草はそう言い、膝を折ってその場に正しく座するのである。


 「新様を帰していただけるまで、この場で待たせていただきます」


 それは矛盾がある。新の命にはタイムリミットがあるのだ。彼女が自分の尊厳を奪われ続ける時間を耐えきれなければ、精神を壊してしまうだろう。何より与え続けられる苦痛で、ショック死する可能性が高い。


 それでも、新は返してもらわなければならないし、新が犯した罪の代償は払わなければならない。新が無残な姿になり、自分が叱責されることとなっても、蛇草はそれを受け入れる覚悟をしたのだ。

 いや、蛇草は震えている。だが彼女は最大限の理性を持ってそれを耐えているのだ。

 

 「帰れ!帰ってくれ!」


 誰かが一人、路上の小石を拾い、蛇草に投げる。

 彼等は能力者だ、本来戦う意思を能力で示すことが出来るというのに、投げられたのは彼等の感情そのものだった。


 手入れのされていない村道の傍らには、小石などいくらでも落ちている。滑稽に探し回る必要無く、それを考える間もなく、次々に連鎖反応を起こし始めるのだ。

 だが、蛇草には当たらない。

 彼女の周りには、すでに鋭児と千霧、そして鼬鼠が立ち、構えることなくそれを受ける盾となるのだ。


 「あなた……達」


 自分は覚悟をしていた。それは十分彼等に伝播していた。彼等はいずれも自分が最も信用する家族達なのである。蛇草はただ、その壁に守られて、その場で耐える事にする。

 

 「煌壮。オレの後ろ入ってろ……」

 「鋭児兄!」


 煌壮は、守られるつもりは無かったが、村人からは、不安に押しつぶされそうな重苦しい空気が伝わって来る。

 興奮状態にあった彼等は、それを上回る闘争心に駆られていたが、蛇草のたった一発の拳で、それは失意へと変わった。


 それだけ連という男は、里にとって誇るべき存在だったのだ。

 自分たちにはもう、為す術はない。意気消沈した悲しみが、石つぶてとなって、ただただ無意味に蛇草に向かって投げられるのだ。

 

 灱炉環も煌壮に次いで、鋭児達の後ろに入り込むが、彼女の入り込んだ先は、鼬鼠の後ろである。勿論鼬鼠とて、この状況において灱炉環に、怪我をさせる事はない。

 これはもう戦いではない。


 蛇草が願う通り、村人達が気が済むまで、自分たちはその攻めを受けなければならないと思っているからだ。

 それが新の拙速な行為のツケだとしてもである。

 

 秋山と乾風も鼬鼠達の側に寄るが、彼等は煌壮と灱炉環のように、誰かの陰に入る事はない、鼬鼠や鋭児達と同じように、蛇草を囲んで、それを受け続けるのである。


 「お二方は、私の後に入られても良いのですよ?」


 空いているのは千霧の後ろである。だが寧ろ彼女からそれを守るのが男の役目ではないのか?と、二人は、はっと気がつくが、千霧はそんな気性ではない。

 行動に出ようとした二人に対して、鋭児が視線を送り首を振る。

 鋭児も千霧もすでに、当てられた礫により、額を割っており、そこから血が滲み始めている。

 

 「もうよせ!」

 

 そのとき、一人の男の声が聞こえる。

 そして現れたのは、連とほぼ同じ風体の男である。いや、どこが違うのかを探す方が難しいほどのうり二つだ。


 「げ……」


 あんな暑苦しそうな男がもう一人現れたのかと、鋭児の後ろからそれを見た煌壮が、思わずそんな声を当ててしまう。

 そして、そんな彼は一つの袋を下げている。

 

 「しょうさん……」

 同じリアクションなのかと思わないでもないが、彼が現れたおかげでひとまず、石つぶての雨は止んだことになる。

 ひとまずは息をつける。

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