第2章 第4部 第12話
「ほう……弟を倒したのか……手練れだな」
「はい鳩尾に一発で……」
「ふーむ……なるほど……な」
村人の戦意が削がれてしまった理由を知る
「どいつだ?弟を伸したのは……」
「あの緑の髪の……」
「そうか……」
今の蛇草の様子から、そんな雰囲気は皆無だが、彼女はそれすらも後悔しているのだ。彼女もまた、その一手で、騒動を鎮圧し、話し合いに持ち込めると思っていたのだ。
確かに村人からの戦意は消えたが、その代わり憎しみと悲しみが溢れている。
だが、蛇草の様子から、その落とし前を自分が付けるのだということは、
この中で誰が一番、権限の強い人間なのかをよく示している。
そして、彼女を守る鋭児達の姿にも、今最も誰を守るべきなのかが、よく理解出来る。鼬鼠蛇草は、それだけの女なのだと、理解させるには十分な状況だった。
「来てくれたのが、アンタだったら……まぁこうは、ならなかったのかもしれんな」
それが残念でならないと、聳はため息混ざりにそういう。
「だが……ちょっとばかり、遅かったな」
何が遅いのか?いや、確かに新が先走りさえしなければ、この状況にはならなかった。それは事実だ。彼の言い分には何も間違いは無い。
だが、そうではなかった。
誰もが思うその認識を狂わせたのは、彼が持ち上げた一つの白い布袋にある。
いくら夜目が利く状態となっているとはいえ、それは認識しづらく、それでもその底面が俄に滲み、本来の色ではなくなっている事に気がつく。
そして彼は、一度持ち上げたそれをごろりと地面へと転がすように、置くのである。
「ああ……あああ!」
最悪の想像をした蛇草が、鋭児達の間をかき分けて、腰砕けになり前にのめりながら、その布袋に辿り点き、その綴じ紐を開くのである。
「ああああああああ!」
今にも気が触れてしまいそうに取り乱した蛇草が、布袋から取り出したのは、目を見開いたまま、僅かに口から血を流した、新の生首である。
「どうして!新ぁぁ!」
蛇草は衣服がちにぬれることも厭わず、すがるようにして聳を見上げるのである。現実を受け入れることが出来ず、目を見開き、硬直した口角がまるで、石とは逆に得がをを作るようにして、ただ混乱した意識のまま、真実を否定するただ一言を待つ。
鼬鼠は、そんな蛇草の後ろで、鼬鼠が精根尽き果てたように、一瞬天を仰ぎ大きくため息をつく。
「鋭児……兄……」
煌壮が鋭児をつつく。
「ああ……解ってる」
「手ぇだすなよ」
鼬鼠はそう言って、一歩二歩と前に出る。その序でに、灱炉環の頭を一撫でして行くのだ。
「鋭児さん……」
千霧ががすぐに鋭児の側により、彼の手を握るのである。
「どういうことだ?」
鼬鼠が聳に尋ねるのである。完全に戦意を奪われた蛇草の前に立ち、二人の視界に割って入るのだ。
「尊厳を奪われることに、耐えられなかったのさ。一思いに、殺せと泣き叫びやがるから、望み通りにしてやったまでさ」
まるで嘲笑するように、ニヤリと口角を上げ、聳は鼻で笑い、鼬鼠を見下げる。
「……じゃねぇよ。この茶番の落とし前は、どうやって付けるのか?って聞いてんだよ」
鼬鼠は恐れること無く、睨み上げる。
元々その程度で怯むような男ではない。
「翔……もういいの。早く新を連れて帰ってあげないと……」
悲しみに暮れる蛇草は、僅かにぬくもりのある彼女の頭部をその場で、ただ抱きしめ続けるのだ。
「ちょっと待ってろ……落とし前きっちりつけさせるからよ」
「翔!!!!」
「いいから黙っとけ!!。そこで泣いてろ!」
もうどうにも出来ない。せめて、これ以上傷つく者を出す事無く、この場を去りたい。
だが、その気持ちとは裏腹に、彼女はその場から動くことが出来ないのだ。
「サシだ。オレとオマエのサシで、この話にケジメをつけよう」
「秒で葬ってやんよ。その後きっちり、話聞かせてもらう。いいな?」
「よかろう。後は村長でも聞け……」
聳は、大きく構える。
それに対して、鼬鼠は全く構える様子がない。
「素戔嗚ぉぉぉ!」
鼬鼠がそう叫ぶと、彼の周囲には風が渦巻き、雷撃が迸る。
全く遊びのない本気である。
「いや……本気すぎだろ……」
思わず、鋭児がぼそりと呟いてしまう。
煌壮は、鼬鼠のすさまじさに、思わず息を呑んでしまうのだった。
そして、大きく構えた聳の懐に、一瞬にして潜り込み、凄まじいほどの連打をその体に浴びせるのだ。
その巨躯が、俄に地面から浮くと、そのままの状態で鼬鼠に打たれ続けるのである。
「がはぁ!」
おそらくそれは彼の計算外だったのだろう。
地の能力者は、その堅固な守備力が真骨頂であり、勿論対峙するにあたり、準備を整えていた。そして、質量の軽い風邪の能力者の拳など、取るに足らないものだと思っていたのだ。
しかし、鼬鼠のその拳は、そんな彼の浅い自信など、あっという間に打ち砕き、為す術もなく、サンドバッグのように打たれ続けたあげく、最後には、大きく吹き飛ばされ、地に背を着けてしまう。
「なるほど……弟が、やられちまう……訳……だ……」
戦闘時間において、数十秒である。それでも聳は、あっという間に消耗してしまった。鼬鼠が素戔嗚状態で放つ力というものが、如何に凄まじいものであるのかが窺える。
「はぁはぁ……アッチ伸したは、姉貴だ!ボケ!」
素戔嗚を放った鼬鼠の消耗もまた激しい。それはまるで、全力で狩りを成した猟豹のようだ。
「うぅ……新ぁ……どうして……」
カタはついた。それでも蛇草は泣き続けるのをやめない。
それには、若干鼬鼠もウンザリし始める。
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