第2章 第3部 第18話

 出迎えた黒スーツの案内人が、鋭児に一礼をすると、恐らく学長が待つであろう部屋に、鋭児は案内されるのである。

 俄に薄暗く、長く立派な屋敷の廊下がやけに静まり帰っている。落ち着いた光量と、絨毯が足音を消しているためだが、それにしてもその静けさは、妙に緊張感を醸し出している。

 ピリついた陰湿さが有るわけでは無いのだが、大人達にとってはこの空間は、それだけのものなのだろう。

 

 やがて、鋭児は一つの応接間に通されることとなる。

 建物などにも言えることだが、建築は大正モダンであり、並べられている、ソファもテーブルも、飴色のマホガニーで、非常に落ち着いた色合いで統一されている。


 足下の絨毯は、深みのあるマルーンカラーで、靴底が若干の沈み込みを感じるほどに重厚で高級感のあるものだ。


 ソファに張られている革などは言うまでも無い。年期を感じるものの艶やかさを保っており、よく手入れされている。


 室内にいる人物に、鋭児は目を配る。


 正面には学長、そしてその右横には、まるで平安時代から現れたが如く、白塗りの化粧に殿上眉口元は絶えず、扇子で隠している。

 流石に着物ではあるものの、十二単という訳ではなさそうだ。

 

 鋭児は思わず口をぽかんとしかけたが、まず視線を合わせるべきは学長である。


 学長はというと、落ち着いた茅色を基調とした紋付きを着ている。多少時代感はあるものの、こちらはどうにか鋭児の許容範囲である。


 「お久しぶりです。学長」


 波乱の幕家となる学園生活の始まりは彼との出会いだ。それがなければ今頃自分はどうしていたのだろうかと思う鋭児だが、この時に何となくあのシチュエーションが、偶然では無く全ては小芝居であったのではないか?と感じる事となる。


 「よくぞここまで成ったな少年」


 学長はさぞ満足げに二度ほど頷く。

 そしてそこに同席していたのは、学長の右隣の列に吹雪とアリスという具合であった。


 アリスは、鋭児に視線を合わせる。

 それは自分の横に座るようにとのことらしい。


 「東雲家からの報告は上がっておるが、先刻での事を直接聞きたくてな」

 「菱家との者とは、炎皇が直接相対しております」

 学長の問いにアリスが応える。直接と言えば、アリスが真っ先に戦闘をしていると思うのだが、恐らく話はそうではなく、黒羽との戦闘とのことなのだろう。

 「ふむ……」

 その事そのものは、すでに千霧が報告書を纏めてくれており、学長は改めてそれをアリスの口からそれを聞く事になるのだが、これはある意味二人の予定調和というべき会話だった。

 

 そして学長の視線が鋭児の向けられるのだ、そして学長の隣にいる平安朝のご婦人こそが、天聖家の現当主ということらしい。

 なぜ態々当主が?ということなのだが、敢えてそれに口を出す者はいない。

 

 鋭児は事のあらましを話す。


 まずは、黒羽と芦野の里で彼と出逢った事。そして、その時は風の能力を主として使用していた事。

 次に自分の地元では、主として闇属性を使い、呪具を備えており、彼の主能力であることを話す。

 戦った時の実感として、正直自分の優位性を確認するまでには至っていないこと。また、どの場面に於いても、彼は複合的な力を用いておらす、その真価も見切れていない事を話すのだった。

 

 「だが、いくら一人の少女を背負い、多勢に無勢だというても、魔女ほどの者に手傷を負わせるとは、油断ならぬな」

 実に不敵であると学長は思うのである。

 「で、炎皇よ。其奴に受けた後遺症はないのだな?」

 「はい。毎日手を変え品を変え、毒盛られてますから。耐性は出来てます」

 少しイヤミを含んだ鋭児は、ニヤリとしてアリスを見るのである。

 これに対して、吹雪はおかしくなって、クスリと声を出して笑ってしまうのだが、そんな彼女の笑みは実に柔らかい。ただ、吹雪は直ぐに表情を整えて、姿勢を正すのである。

 「あらヤダ酷い。先輩として、また見込み有る皇として、貴方を日々鍛えているのよ?」

 アリスはケロリとして、澄まし顔を作るのである。


 アリスのキャラクターとして、人をからかうことがあるのは学長も知っている。

 年不相応に落ち着き払っているアリスだが、鋭児達との絡みを楽しそうにして、日々を過ごしている様子は、この僅かなやりとりで、理解出来ようものだ。


 年の功とはよくいったものだ、彼女の纏う空気がウキウキとしているのが見て取れる。

 そんな雰囲気のアリスに、学長も思わずクスリと笑うのであった。

 彼等の関係が至って良好である事が見て取れたのは、重要な事である。


 

 「さて……炎皇お主の従妹である……」

 「美箏……ですか」

 当然菱家との遭遇も美箏が絡んでのことなので、触れざるを得ない内容だ。

 「ウム。どうのだ?」

 実に曖昧な質問だ。その話をするからには、当然美箏の潜在能力を聞き及んでの事だろう。

 「美箏が、どれほどの能力を持っているのかってのは、俺には解りかねます」

 それは鋭児の掛け値無しの本音だった。ただ能力を有している事実は曲げてはいない。


 「個人敵には、平穏な生活が一番だと個人的には思いますが、やはりあのまま彼女を一人にしておく訳には、いかない……と思います」

 彼女が自分をコントロールすることを覚え、また彼女をコントロール出来る環境に置かなくては、美箏が無意識に誰かを傷つけてしまう可能性は、考えて置かなければならない。

 結局それは、美箏を不幸にする結果となる。

 ただ心情は複雑だ。この一年間彼女の築いた高校生活が、一変してまうのだ。吐き出す言葉も重く、鋭児の表情に心苦しさが表れる。

 

 「解った。下がれ。菱家の事については、鼬鼠家に任せよう。アレは優秀な女だからな」

 学長がそう言いつつ、夫人を見ると彼女も二度ほど頷くのである。どうやら異論はないと言いたげである。

 「吹雪さん?」

 ただ、鋭児達が去ろうとした時、夫人は吹雪を呼び止めるのである。

 「はい」

 「早く子を儲けてしまいなさい」

 「はい」

 勿論そう言われれる相手は誰かと言えば決まっており、それそのものは何時でも実現可能であるのだが、若人である彼等はもう少し自分達の恋のために、それを楽しみたい所であり、まるで姑のようにそれをてっつかれてしまうと、鋭児の方が気まずくなるのである。

 しかし、吹雪の返事は迷いが無く、そのつもりであると、ニコリとして返事を返すのである。

 すると、後はまるで子犬を追い払うようにして、しっしと、彼等を追い払う仕草をするのである。

 高飛車なようだが、そうではない。

 何時までも、こんな辛気くさい場所に、若い者が居るべきではないと、夫人は言いたいのである。

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