第2章 第3部 第16話

 「で、煌壮さんは、大丈夫なのかい?」

 勿論先ほどの会話の流れから、彼女が無断で動き回っているとは、晃平も思ってはいないし、自分の見立てより、随分早い回復であるため、念を押して聞いているのだ。

 「まぁちょっと色々あってさ。無理の無い程度に、身体動かしとかないと、逆に相手を怪我させるかなって……」

 「なるほど」

 煌壮が、あっさりと勝負を見切った理由の一つを知る。

 順位戦は次の週に行われる。彼女はその調整のため、勝敗は気にとめるところではないのだろうと、晃平は理解するし、ブレのない彼女の行動は、良い傾向にあると思った。

 「まぁ頑張れよな。多分……オレと鋭児と、そこで黒野チャレンジしてる火雅と、三年の筧さんかな。訊ねてみると良いと」

 そうしていると、掌に気を集中させて、身体を浮かせている火雅が力尽きたように、グランドに大の字になる。

 「よしゃ!十分じゅっぷん!」

 彼は、グランドに置いているストップウォッチを見て、満足そうにしている。

 息を切らして暫く動けそうにない。

 「ああ……あれか」

 すると、煌壮はすっと、逆立ちしていとも簡単にそれを熟す。

 「こう言うのは、慣れだよ慣れ」

 煌壮は気のコントロールが上手い。それだけに鋭児の荒さが気にいらなかったのだ。しかしそれは、出逢った頃の話で、今の鋭児はそれよりも遙かに成長していた。

 火雅は自分の努力がなんだったのかと、悔し涙を流すのだ。

 そして、煌壮が気のコントロールが上手いと感じている晃平も、この修行に関しては、まだ慣れておらず、煌壮の言いたい意味を理解した。

 「慣れ……か。アイツが慣れたら、末恐ろしいよな」

 「鋭児兄は、持ってるもんがなんか違うんだよ。悔しいけど……」

 そして煌壮が吹っ切れた理由の一つをポツリと語る。

 

 そんな煌壮も、人より頭一つ抜きん出ているモノを持っていると思った晃平だが、敢えてそれは口にしなかった。恐らく今それを称えたとしても、余り彼女の心には響かないだろうし、それを知った彼女は、良い成長をするのではないかと思ったからだ。

 

 煌壮と灱炉環は晃平達のいる場所を後にする。

 

 「あ~なんかイヤになっちゃうよな。オレ、お前と黒野が上がってくるまで、学年一位だったんだぜ?」

 火雅が大きな溜息をついて、肩をがっくりと落として、情けない表情で天を仰ぐ。

 それでもそんな彼には余り悲壮感はない。抑も彼はそう言う性格だし、そんな楽天的な彼の性格が、第一位という座を奪われても、余りクラスの雰囲気を悪くせずにいた。


 彼は前向きなのだ。

 前向きではあるが、矢張りそれでも残念なものは、残念で仕方が無いのだ。

 彼がそんな事を口にしたのは、煌壮が自分が苦労をしている気のコントロールというものをあっさりとやってのけたからだ。

 「まぁ六皇やってる人間なんて、正直常人離れしてるもんなんだよ」

 「お前がそれ言う?」

 火雅は晃平もどちらかというとそちらの部類では無いのか?と言いたかったが。晃平の能力は、また別の意味で人並み外れているのだ。

 

 その後、煌壮と灱炉環は、数戦し一息つく。


 「キラちゃん五敗だね。いいの?」


 それは煌壮が弱いからというわけではない。そして手を抜いたわけでもない。適度なところで切り上げたからだ。

 「まぁコテンパンにする理由もないしな」

 それはとても、学園を飯事扱いし、他人を見下した煌壮の口ぶりには思えないほど、力の抜けた一言だった。

 彼女は頭の後ろで両手を組んで、ノンビリとした様子で歩みを進める。

 妥当黒野鋭児という目標が消えたわけではないが、それは穏やかなものとなってしまっている。今の煌壮にはその目標が心地よい楽しみになっているのだ。


 一年ある。


 鋭児はたった一年で、最下位から炎皇になってしまったのだ。

 だからといって手を抜くというわけでは無い。自分の状況は遙かに優位だ。そして、一年は身体を作ると事を目標としているし、今日はその出だしである。


 

 「んじゃ。オレ鋭児兄が気になるから、部屋戻るわ」

 「うん。私はもう少し勝負してくれる人を探してみる」

 遠慮がちだった灱炉環らしくないセリフだが、彼女には、晃平の一撃が余程身に染みたらしい。確かに可成りの一撃だったと煌壮は思う。

 「やっぱあの人もバケモノだな」

 と、改めて思う煌壮だった。

 

 煌壮が、炎皇の間に戻ると、シャワーを浴びた直後なのか、トレパン一丁という鋭児に出くわす。

 そして、彼女の目に入ったのは、その背中である。

 鋭児とはコミュニケーションを取っているが、彼の背中を確りと見たのは、この時が初めてである。


 〈鳳凰すげぇな……〉


 雄々しく翼を広げるその覚醒痣に煌壮は思わず見入ってしまうのだ。


 「ネボスケ兄!」

 「あ~ゴメン。てか起こせよな」


 鋭児は前を向く。

 煌壮は特に目を覆うこともない。ズボンは穿いているし、男子の上半身が目に入ったからといって、視線を逸らすほど初心でもない。

 そして、鋭児の腕には、幾つもの羽根が散ったような痣がある。

 それもまた覚醒痣である。


 覚醒痣というものをいくらか見え覚えのある煌壮でも、これほど派手なものはそう目にかけたことは無い。

 「いいなぁそれ」

 おうたる象徴を持っている鋭児を思わず煌壮は羨んでしまうのである。

 「ああ。それ。お前加村先生に背中の事言ってないだろ」

 「あ……いやそれは……」


 図星である事に、煌壮は気まずそうに、それでいてそれをごまかそうとする。


 煌壮は妙に背中がむずつくし、何となくフワフワと落ち着かない気分がすることを、鋭児には言っていたが、怪我の回復の診断をしただけで、神村には伝えていなかったのだ。

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