第2章 第3部 第15話
「ご指導有り難う御座いました」
煌壮は、ペコリと頭を下げる。
「鋭児からは、もっと負けん気の塊だって聞いてたけど……」
意外にあっさりと自分の負けを認めた事を、晃平は驚いた。
「今は、その時じゃないんで。それに質の悪い癖も直さなきゃなんねぇし……」
煌壮は、小声でそれを呟く。晃平にも微かにそれが聞こえていたが、悪い癖とは?と思いはするが、晃平は深く干渉することはなかった。
「じゃ、次はそっちの子かな?」
「えっと、私は……」
灱炉環は遠慮がちに両手を顔の前で振り、愛想笑いをするのである。
「コイツ、いっつもこんな感じなんだよ」
それには煌壮も呆れる。それでもこのクラスにいるのだから実力はあるのだろうと、晃平は思うが、戦わないのであれば彼女は何れ下のクラスに落ちるのだろう。
しかし、抑もそんな気概であれば、このクラスにいるはずもなく、状況と行動がどうにもアンバランスだ。
「その……赤銅家の人間と戦うのは、面白く……ないですよ?」
「ん?ああ……君……はと」
晃平は、改めて彼女の名を聞くのだ。煌壮の横にいつもいる気の良い友人で、そう名前は何となくきいてはいた。だが聞き流していたのだ。
勿論それ自体今も重要名事では無い。
ここ数ヶ月、今もそうなのだが、彼が重要に思っているのは、炎皇黒野鋭児のサポートとしての自分、二年二位という自分、そして自らの思考実験だ。
「赤銅……灱炉環です」
「そか……改めまして、厚木晃平です」
互いに、六家に付き従う一族であり、その関係性は、炎であることから、主に不知火家となるのだが、晃平は三男であり、その責務からは遠くある。ある意味自由であり、ある意味持て余されているといっても良い。
「赤銅家は、炎の属性でありながら、守備的な立ち回りを得意としているのは知っている。確かに短気な炎の能力者の中に於いて、その立ち位置は独特だよね。だけど、それと戦闘効率の善し悪しは、別だし。三年生なんかは、属性関係無しに勝負しなければ成らないし、硬度で言えば大地系の能力者が最も高い。余り気にする事は無いと思うよ?」
晃平は、ここぞとばかりに、ツラツラと持論を述べる。
それもそのはずで、彼自身も炎の能力を主としているが、殆どの能力を均一に持つ異能者である。炎の能力者として振る舞わなければならないからこそ、そうしているのであって、晃平の場合、場面によってはどの能力を主として戦うかは、当に彼次第と言ったところなのだ。
ただ、主族性が炎である以上、それを絡めた攻撃手段が尤も得意であるのもまた、確かなことだ。
「はい……」
灱炉環は肯定的な返事をするしか、余地が無かった。
先輩であり学年二位である晃平が、手ほどきをすると言っているのだから、それを断るほど、不躾ではなく、灱炉環はカードを出す。
「それでは、ご指導宜しくお願いします」
そして、丁寧に頭を下げる。
オットリと優しく、柔らかな雰囲気の灱炉環は一件男子受けしそうだが、どうにも耐えず、返事が優柔ふんだん気味で、気の早い炎の属性との人間の中において、テンポが悪いのだ。
ただ次の瞬間、灱炉環は少し腰を落とし、少し右前に構えながら、両掌を晃平に向ける。
その時すでに、足下には円を伴った六芒星が描かれている。
それは間違い無く地刻であり、煌々と赤く光る熱線が、力の大きさを示している。
完全に守備的な構えである灱炉環に対して、晃平は左前にして同じように腰を落とし、拳に力を込める。
次の瞬間、晃平が猛烈な速度で灱炉環に詰め寄る。それは煌壮との対戦以上の速度だ。いくら、指導的なやり取りだったとはいえ、それではまるで灱炉環のほうが煌壮よりも格上であるかのような扱いである。
事実はそうでは無いのだが、煌壮はそれに思わず反応してしまう。
だが、勝負の時間は煌壮よりも、随分早く終わることになる。なにせ晃平手刀のはその一撃のみで、灱炉環の額に指先を当てて、ニコリとしている。
「攻撃する気なかったろ?」
晃平はすでにその事に気が付いていた。
「あ……えと、済みません」
灱炉環は、今さら目を瞑って、直接攻撃に怯えた表情を見せる。
「右前になって、強い守備的布陣で、僕の攻撃を見ようと思った。けど、僕の攻撃は君が思うより、随分強く早かった」
「本当にすみません!」
今度は深々と頭を下げる。
煌壮は、直ぐに晃平の意図を理解する。灱炉環は油断していたのではない。だが、その防御姿勢で、様子見をするつもりだったのだ。しかし、それを晃平に見抜かれてしまい、攻め入れられたといったところだ。
一通り様子見が終わったところで、少々雑談となる。
「で、鋭児は?」
「鋭児兄は、なんか爆睡してるから置いてきた」
「ふん……」
事あるごとに、欠席気味になる鋭児だが、意味も無くサボる彼では無いことは、晃平も知っているし、それも仕方の無いことだと一つ頷く。
ただ、煌壮の言い方が余りにあっさりしているので、それに妙な日常性を感じ、本当に何があったのかと思うくらい、今の煌壮にはトゲがない。
「トロ子は良い奴なんだけど、なんかこう遠慮しすぎなんだよ」
そして説教をし始める煌壮だったが、確かに彼女の言うとおりである。
「へへへ……」
と、照れ笑いをしながら誤魔化している灱炉環だった。
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