第2章 第3部 第10話

 「はぁ……」

 煌壮が、余りに陰鬱な美箏の放つ空気にウンザリする。

 「お前さぁ。鋭児兄達が、お前の事心配したり、会いたかったりして、態々短い連休使って、来てくれてんだぜ?オレなんか、顔もわかんねぇお前の話ばかりされて、蚊帳の外でさ!」

 鋭児は、外に遊びに行きたいと着いて来たのは、煌壮だろうと、思わず突っ込みを入れたくなったが、確かにそうかもしれない。

 「まぁ温々育った奴には、自分がどれだけ助けられたかって、わっかんねぇんだよな!」

 そこまで煌壮が言葉を発した瞬間。

 焔の拳骨が、煌壮の頭に飛ぶ。

 「いってぇな!焔姉!なにすんだよ!」

 「美箏に謝れ」

 焔の顔は真剣だ。それはどんな悪戯でも許す焔に、似つかわしくないほど厳しい表情である。上から威圧的に、煌壮を睨む。

 ただ、冷静でもある。

 「鋭児兄!」

 煌壮は、焔に殴られないために、鋭児の後ろに隠れてしまい、それからそっと焔を見る。

 この甘えようには、少々鋭児も驚いたが、確かに焔が真面目に怒ってしまっていると、とことん張り合うか、喧嘩するしかないという所なのは、鋭児も理解するところだ。

 「確かに端から無ぇもんからすりゃ、有るだけマシに思えるだろうけどな。テメェは、大事なもんが目の前から消えちまったことがねぇから、んなこと言えんだよ。怖くて不安なんだよ。どれだけ慰められたって、消えねぇ痛みってのがあるんだよ!解れよ……」

 焔は、振り上げた拳を降ろす。

 一光を失った焔には、少なくともその気持ちが分かるし、両親を失い、目の前で焔を失いかけた鋭児も、それは理解出来る。そして吹雪もそうである。

 形こそ違うが、失うものは、人そのものではなく、信頼であったり、愛情であったりと、なまじ形が残るからこそ辛いものもあるのだ。

 

 「美箏。お前はイヤかもしれねぇが、それでもお前を気に掛けてる奴が、ここにもそこにもいるってのは、覚えておいてくれりゃいい」

 

 そんな焔の眼差しはなんとも強く熱い。そう言う焔だからこそ、鋭児は好きになれたのだし、この人がいなければ、今の自分はないと思っている。

 そして、自分が本来言うべき台詞を取られて、少し立つ瀬が無いと鋭児は思う。

 それを知ってか、焔らしさに、吹雪もクスクスと笑い出す。

 ただ、現状直ぐに美箏の側に駆けつけるという約束はしかねる。本当はそう言いたかったのだ。

 「でもまぁ大丈夫じゃねぇの?アンタにもアリスちゃんの気配感じるし……」

 「?」

 美箏には、アリスちゃんの意味が分からないが、それを言われると鋭児は苦笑せざるを得ない。

 「そういえば、チビ先輩いねぇな」

 焔が、鋭児の肩口を見るが、いつの間にか煌壮の言うアリスちゃんがいない。ただ気配はするということなので、今は緊急事態ではないということだ。

 「まぁ……しょっちゅう。出られても困るしな……」

 ただ、美箏はアリスの分身を見ている。彼女は自分を守ろうとしてくれているのは確かである。それを思うと、彼女や鋭児に対する態度は、申し訳ないことだと思うのだ。

 だが、どうしても今は考えを整理しきれない。

 息苦しくなった美箏は、一つ深呼吸するために、胸元に手をやると、ある事に気が付く。

 そして、それを胸元からするりと取り出すのだ。

 結わえられ、首先から下げられた紐の先には、お守り袋がついている。それは明らかにこの神社のお守りだが――。

 「それそれ、それからアリスちゃんと同じ気配すんだよ」

 煌壮はすぐにその気配に気が付く。

 そして、美箏はそれ以外に二つのお守りを渡されている。それは自分の両親の分だとアリスは言っていた。

 「毎日、ちゃんと気持ちを込めるようにって……アリスさんが……」

 遠回しに言っているが、要するに気を込めろということだ。

 厳密にいうと、美箏に渡した守りの効果と、両親へと渡すそれは、異なる効果のものだ。そのお守りは、美箏とアリスが通じ合うためのものである。

 

 顛末としては、当面東雲家の護衛が美箏の周辺を守ってくれるということになる。

 ただ、それほどの大人数を割くことは出来ないとのこと。手配は千霧が行ってくれている。ただ、六家が絡むとなると、と美箏が今の生活を続けられるのは、そう長くは無く、心づもりはしておかなければならないとの事だ。

 彼女がまだ普通の少女であったのなら、鋭児の親類縁者として保護されることはあったとしても、彼女は能力者なのだ。その彼女が立場を保留し続けるとなると、利益の無い彼女を延々と保護することは難しくなる。

 例えば、美逆は東雲家所以の者であるため保護対象になるが、彼に付き従う仲間達はその保護対象とはならない。ただ、彼等が何らかの形で利とするならば、その限りでは無いといった所だ。

 

 美箏の所には、近々学園の関係者が訪れるとのことは、鋭児達が学園に戻った後に、美箏に知らされた事柄だった。

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