第2章 第2部 第14話

 二人は美箏のベッドに腰掛ける。

 

 美箏は、アリスに捕まったまま、未だ深呼吸を心がけている。

 「そう、過呼吸にならないように、ゆっくりと力を緩めて……ね?」

 アリスは優しかったし、何より親身だった。

 

 勿論それは嘘では無い。彼女は現に親身であり、美箏の事を心配しているのだ。

 そして、自分が行くまで、辺に美箏を気遣わないよ、秋仁に指示していたのも、またアリスである。

 それをしたところで、両親に心配を掛けないよう、余計に自分の殻に閉じこもってしまうのが、目に見えているからだ。

 「私もう、怖くて!部屋の物は音を立てるし、変なことも起きるし!」

 それはそうだろうとアリスは思う。美箏は自分を知らないのだ。だか何が起きているのか解らないし、それが無意識下で起こしていることであるとも思っていない。

 

 美箏がそれを恐怖に思ったのは、まずペン回しの件だった。

 それこそ彼女が無意識下に行っていた逃避行為であり、知らず知らずの内に行っていたことだったのだ。

 ある時、美箏の余りに異常なペン回しに、彼女のクラスメイトが、それを携帯の動画に収めたものが、周囲に広がったのだ。それは美箏を含め、獄数人に止まりはしたのだが――――。

 まず第一に彼女の本来の指の動きに同期していない。

 次の彼女の手以外の何かが薄らと見えている。

 三つ目に、ペンの動きは明らかにそれが回しているものと身請けられる。

 最後に、彼女の人差し指の爪が、いつの間にか光沢を持った者へと変色していたのだ。

 

 美箏は恐る恐る、包帯を外し、それが指に広がっていないか怯えながら、アリスにそれを見せる。

 間違い無くそれは属性焼けである。

 「大丈夫だから……」

 「でも!」

 美箏の心配をよそに、アリスは平然としている。そしてそれが何を意味しているのか美箏にも分かるのだ。言葉は酷く省略されているが、意味は理解出来ていた。

 アリスは静かに立ち上がる。

 彼女は基本的に黒い衣類を好んでい着ているが、それでも衣類は春物のブラウスと、ロング丈のスカートで、さっぱりとした装いである。

 スラリと大人びたアリスの容姿は、それだけで人目を引くのだが、そんなアリスが、ブラウスのボタンを外し始める。

 何をするのか?と、美箏は同性であるにも拘わらず、思わずそれに赤面をしてしまうのだが、アリスは躊躇なく、スカートのホックを外し、下着姿になる。

 「あ……」

 アリスが正面を向いたときに、美箏は気が付く。

 アリスの下腹部に漆黒の蝶の痣がある事を。ただ、美箏は一瞬それをタトゥーであると錯覚したのだ。

 しかし、それでは全く説得力が無い。行為としては意味が無い。

 「これは、覚醒痣っていうの」

 アリスの綺麗な肢体に触れることが、気恥ずかしく思える美箏ではあったが、それはタトゥーではないのだと、不思議に理解する。

 これほど形成されたものが、そうでないと言うことが不思議と解るのだ。

 「美箏のそれは、属性焼けといって、強い力のある人が力を使うとそうなるの」

 「覚醒痣……属性焼け……」

 意味は分からなかったが、少なくとも自分のそれが、心霊現象や呪いの類いではないということを、アリスは説明したかったのだと、美箏は理解する。

 「その……服を……」

 「フフ……そうね」

 美箏が、少しその事に気が逸れると、彼女の部屋の小物が音を立てるのを止めるのである。それは美箏が少し落ち着いた証拠でもある。

 

 アリスならどうにかしてくれる。

 不思議と美箏はそう思えた。勿論アリスがどうにかするわけではない。美箏が自分自身を知れば良いだけのことなのだ。

 アリスは再び、美箏と肩を並べて、椅子に座る。

 すると美箏は、友人と共有していた、その映像をアリスに見せるのだ。

 「手がもう一つ見えてて。気味が悪くて……みんなお祓いにいったほうがいって……」

 「アリスさんは、その陰陽師のような?と、千霧さんが……」

 「まぁそうね。確かに呪術に精通してはいるという意味では、そうなるし呪符も使えるという点では、似たようなモノかしら?」

 このあたりは適当に話を合わせるアリスであるが、能力というものを語り始めたのは、美箏に対してそうせざるを得ない状況だからだ。

 美箏が逃避しているものは、いくつかある。

 ただ、その一つは彼女の認識がずらされているというものも含まれている。まず美箏自身には、自分には能力が無いという暗示である。

 これに関しては秋仁が掛けた暗示だ。ただ、美箏の能力そのものが、その歪みを感じ、暗示そのものが絶えきれなくなり、深層心理にストレスを与えている。

 も一つは、鋭児のいない生活である。そして彼に対する気持ちと会えない時間。

 加えて離れている時間が増えるほど、彼が自分のものでは無くなってしまう不安感である。

 ただ最後の部分に関しては、千霧が多少緩和してくれている。鋭児は誰かのものでは無いが、自分達の大事な人であるという彼女の気持ちが、美箏を救ったのはつい数ヶ月前の事だ。

 ただ、その分彼女の思いは募っている。

 それが彼女の欲求不満に繋がっており、授業中での集中力の欠いた姿でもある。

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