第2章 第2部 第13話
結局の所、美箏について行くことにしたのは、焔とアリスである。
美箏の事に関しては、焔も周知しているが、彼女の目的は文恵に会うことだ。
それは決して美箏を無視するという意味ではなく、抑もがアリスが引き受けた問題であり、事の発端も彼女が拘わっている。焔が出しゃばる場面ではないのである。
そしてアリスの方が焔より二つ年上であり、六皇の中でも厄介事の解決に於いて、アリスか聖かといったところなのである。
単純に言えば、任せておけば良いという、大雑把な回答になってしまうのだが、任せざるを得ない状況というのもある。
助けを求められた時に、素早く行動を起こせるようにしておくのが、自分の役割であると、焔は心得ている。
最悪の想定としては、美箏の精神が暴走した時のこととなるのだが、今の彼女を見る限りは、まだそれには至っていないようだ。しかしながら、煌壮が感じ取ったように、美箏が危ないというその言葉が示すとおり、美箏の精神は外見の落ち着きとは裏腹に、可成りまいり始めているのだろう。
美箏は感情を内に秘めて殺してしまう傾向があるため、落ち着いているように見えるだけなのだ。
それでも、アリスが掛けた暗示により、彼女の「正直さ」というのは、以前より見て取りやすくなっている。
そして、それは彼女が、アリスを部屋に招いた時に、覿面に現れたのである。
恰好としてはアリスが美箏の部屋に遊びに来るという体であったのだが、何よりその瞬間を待ちわびていたのは美箏で、二人きりになった瞬間、彼女はアリスにしがみつき、震え始めるのである。
それが、どれだけ彼女が不安に晒されているのかが、現れた瞬間でもある。
彼女が振るえ始めると同時に、部屋中のものがガタガタと音を立てて始める。それはまるで心霊現象のようだ。
アリスには、その張本人が美箏自身であることは、直ぐに解る。
要するに、彼女は自分の能力をコントロール出来ていないのである。抑も彼女は自分が能力者であることすら知らない。不安が増幅器となり、部屋中にその気が吐き散らされているのだ。
黒野の家の能力は闇系統だが、それでもそれほど強い能力の一族ではない。
だが、当然何事にも例外や、特級な事例などが現れることがあり、それこそ世が世なら、一族を上げて喜ぶべき事なのだが、まさに世が世なのである。
秋仁も本来静かに暮らすべく、なるべく能力に拘わらない生き方をしてきたのだが、よりによって自分の娘が、高い能力を持っているとは、予想だにしなかったことだった。
当然彼は、美箏の現状を把握している。
しかし、彼が抑える事の出来る限界は、とうに越えており、美箏にそれが通じなくなっている。
美箏は、自分の父がこの異常に気が付いているとは思ってはいない。
秋仁も当然、美箏を放置する気など毛頭無いのだ。そしてアリスが今日この家にやってくる事も知っている。
アリスがどれだけの能力者であるか?というのは、当然理解しており、それに委ねるしかなかった。
美箏にとっても秋仁にとっても、都合が良かったのは、美箏が暴漢に襲われた事件で、身内でない彼女が、理屈を越えた能力を持っており、その力で美箏が救われたという事実だ。
秋仁がいきなり家系のことなど美箏に打ち明けたところで、これまでの生活と乖離した真実など、受け入れられるわけがないのである。
当然、それを美箏に知らせると言うことは、文恵にもこの非現実を突き付けなければならないのだ。それでは美箏を囲う環境が一気に不安定化してしまう。
それは、当に悪手である。
そして、暴漢から助けてくれたアリスは、無責任に助けを求められる唯一の存在でもある。
知っているようで知らない人間の方が、打ち明けやすい事があるというのも、また事実で、それほど美箏の置かれている状況は現実離れしているのだ。
「美箏。深呼吸。このままでいいから、まず深呼吸」
そして案の定、アリスは美箏の期待通りに、自分を受け入れてくれ、周囲の異常な現象にも動じずにいる。
矢張り、あの時自分を助けてくれたアリスは、本物なのだと美箏は確信する。
すると、室内の振動は次第に治まり、美箏は落ち着きを取り戻す。自分を信じてくれる人がそこにいる。それだけが唯一の救いである。
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