第2章 第2部 第3話

 「焔姉の所行くんだろ?さっさとしろよ」

 

 偉そうにしながら、個室に向かう煌壮と、眠たげに背伸びをしてついて行く鋭児。

 

 煌壮が大きめの服を着ているメリットは、捲りやすさがある。

 裾を捲り、細い煌壮の腕でに触れ、まずは右肘から確認をする鋭児。

 「突っ張る?引っかかりは?」

 「ない……かな」

 煌壮が力を抜いた状態で、まるでクロッキードールを動かすように、彼女の関節を動かしてみるが、特に問題はないようだ。

 そして鋭児が特に丹念に調べるのは、煌壮の右膝である。

 そこは、彼女が尤も痛めていた場所であり、鋭児が一番心配している部分である。

 「くすぐってぇよ……バカ……」

 鋭児が真剣になっているため、これに対しては、流石の煌壮も文句は言わない。ただ。余りに確りとした鋭児の両手が自分の膝を撫で回すものだから、これには流石に気恥ずかしさを覚える。

 「お前、やっぱここ来る前から、右膝悪かったろ……」

 右膝の回復が余り良くないのだ。このままでは、右膝の関節に異常が出るかも知れないと鋭児は思った。それは医術的な見地からではなく、気を当てることで、ノイズが走るのだ。

 恐らく原因は、龍尾の鉄槌という大技にある。

 彼女の華奢な身体、そしてそれほど多くない筋肉量で、それを振り下ろすのだ。恐らく足先に全神経を集中しているに違いない。

 確かにそれには自覚があった。だから煌壮は反論はしなかった。

 「仰向け……」

 そして鋭児は煌壮の下腹部あたりを触る。といっても、ちょうど股関節あたりの上あたりだ。

 「ちょ!おま、何触って、ひゃ!」

 鋭児の気が自分の中に流れ込むと、煌壮は途端に身体の力が抜けてしまうのである。

 「股関節は痛めてねぇか……」

 「んだよ。先に言え……バカ……」

 彼女の感情とは裏腹に、妙な気分になってしまっているのである。

 ただ真剣な鋭児には、そんな煌壮のデレに対して、反応を返すことが出来ない。

 

 「気持ちいい……」

 それは、その都度鋭児に対して不機嫌な煌壮が一番上機嫌になる瞬間でもある。

 理由の一つは、まるで下僕を従えているような気持ちになるからだ。もう一つは、純粋にリラックス出来るということもある。

 丹念に首筋から、肩甲骨回り、背中、腰、臀部、太もも裏、ふくらはぎに掛けて、マッサージをして貰うのである。そして、最後にもう一度背中を軽く解されると、もう半分夢の中である。

 起きる頃には、鋭児が戻ってきているという寸法で、手にはアリスが持たせてくれた夜食があるという具合である。

 煌壮が眠りそうな頃合いに、鋭児は彼女のケアを止めて、焔の所へと向かおうとするが、そんな鋭児の裾を煌壮が握るのだ。

 「焔姉のトコいきてぇ……」

 複雑な理由はない。焔のと頃へ遊びに行きたいという、単純な彼女の気持ちである。だがこのところ怪我の治療で、結局炎皇の部屋で、眠っては夜を迎え、食事を取りまた眠るり、学業を熟し、またケアをされという毎日で、折角近くにいる焔の所へ、彼女は出かける事が出来ずにいたのである。

 「んな状態でか?」

 明らかに煌壮は眠る寸前である。だが、鋭児のズボンの裾を掴んだまま離そうとはしない。

 それには、溜息が出てしまう鋭児だった。煌壮を甘やかさないようにというのは、焔からも言われていることで、彼女のするべき事は、完全回復をすることである。

 「だって、お前の許可貰えって、焔姉が……」

 要するに、鋭児の言うことを聞けという、焔の言いつけである。

 炎皇である鋭児の言いつけは、F組においては、ある意味絶対的なものであり、これは学園のルールでもある。

 尤も、焔の言いつけなど悉く破り、彼女のために突っ走った鋭児には、煌壮にそれを強制する資格などないのだが、そのあたりは、焔の言いつけとあらば、煌壮は従わざるを得ない。

 

 焔が身体を壊して尚、炎皇戦で見せた鋭児との壮絶な打ち合いを、煌壮とて知らない訳ではない。矢張り焔はすごいと、改めて思っているのだ。

 その分、もし身体さえ壊していなければ、鋭児に負けるはずはないと思っている。

 尤も、あの戦いはそう言うものでは無く、焔から鋭児へと、受け渡される炎皇という地位のためにあるものであり、焔が次の炎皇が黒野鋭児であると認めている時点で、試合の流れそのものは既定路線ともいえた。

 ただ、焔の性格上、ただの茶番ではなく、本気の打ち合いでありたかったのである。

 それは煌壮にも分かっていることだったが、彼女の中では鋭児を認めたく無い部分が多く、焔の病気は、その理由付けにしかなっていない。

 要はどれほど足掻いても、現状煌壮と鋭児の力には、大きな差があるということである。

 「解ったよ」

 「服……かせ……」

 着替えるのが面倒くさいようだ。

 「はぁ?」

 抑も今着ているジャージでさえ鋭児の服である。ウエストも可成り絞りきっても、漸く腰に引っかかっている状態なのだ。

 鋭児の体型は絞られている方だが、それでも、煌壮は小柄で、細い吹雪のウエストよりも細い。

 

 結論。鋭児のズボンのベルトには、余計な穴が一つ開くことになる。

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