第2章 第2部 第4話
煌壮の服装は、七五三状態で、大きすぎる春用のジャケットに、ブラ紐が見えるほどにガバガバの長袖の白Tシャツ。そして、ブルージーンズであるが、両方とも何度も袖を折り返されている始末である。
流石に靴だけは彼女の自前だが、半分眠り掛かっている彼女は、鋭児におぶられている始末である。半強制ともいえるその眠気だけは、どうしても振り払えないのだ。
あれだけ自分を毛嫌いしているにも拘わらず、こんな時だけ都合良く自分を使おうとするのだから、彼女の考えが全く解らない鋭児だった。
それにしても、煌壮は矢張り軽い。
焔などが、後ろから飛びついてきたときは、矢張り多少なりとも、蹌踉めくものだが、仮に煌壮が同じ事をしたとしても、ひょいと背負いそうになってしまいそうな軽さである。
「落ちるなよ?」
「う……ん」
鋭児としては、本当は煌壮には眠っておいて欲しかったのだ。
その方が回復が早いし、背負っている状態というのも、姿勢にも良くない。疲れも取れない。
鋭児は、この状態でバスに乗り、焔の所へと向かうのかと思うと、少々気が滅入る。だが連れてかなかったことを考えると、後で喚き散らすのが目に見えている。
正直それを宥める根気が鋭児には無かったのだ。
それだけ鋭児の思考や集中力は疲弊していたのだ。
煌壮を背負って歩く鋭児の姿は、若干子守に見えたらしく、クスクスと小さい笑いが聞こえてくる。鋭児が女子に甘いのでは?という噂に関しては、二年Fクラスでは、可成り広がっている噂である。
それはトーナメントで当たっている女子の総評でもある。
ただ、一年の間では、矢張りこういう鋭児の甘さに嫉妬する者達もいた。煌壮は結局身内で、自分達の制裁から彼女を守ったのだと、そんなところである。
鋭児がバス停に向かおうとしていたところだった。
車のクラクションがなる。
それは、見慣れたワンボックスである。
「藤さん?」
鋭児が車に気が付きドライバー席を見ると、矢張り藤が座っており、その横には大地が座っている。
鋭児が藤だと思ったのは、彼が何時も運転しているからで、それが大地の車では無いからだ。
ただ、大地がそうしてきているということは、大凡アリスの仕業である。
「なんか、良いように使われてんな……」
アリスのちゃっかりとした意地悪な後ろ姿を思い浮かべる鋭児であった。
車中――――。
「何かスンマセン。ことある事に……」
鋭児は恐縮するしかなかった。
「いいさ……。お前も振り回されてんだろ?魔女に……」
「ハハ……まぁ」
乾いた笑いの鋭児だったが、別にアリスに振り回されていることそのものは、嫌いでは無かった。彼女のそれは言うなれば、邪気のあるものではなく、鋭児としては笑える部類のものだったからだ。
手の掛かる。世話の掛かる。そういった修飾語が頭に着くが、憎めないのである。
その分食事も掃除も、なんやかんやと世話を焼いてくれる彼女は、自分達との関わりを楽しんでいるし、そうしたいのだという気持ちが良く表れている。
「で?やんちゃ姫はオネムと言ったところか?」
「ええまぁ……」
煌壮は、後部座席に座った鋭児の太ももに上半身を預けるようにして、スヤスヤと眠ってしまっている。
「彼女はやっぱり強いのか?」
「強いですね。ビビりな所もありますが、こんなナリで、膝痛めるまで、午後の授業から野良試合から、全部勝ってましたからね。それもちゃんと大技はセーブしてたらしくて」
「ほう……」
大地は関心してしまう。
「大地、君も早く後継を見つけないと駄目ですよ?」
「とはいうものの……センスのある奴はいるが、皇には手の届かない奴らばかりだな……」
「最近、家出身の者達が、余り伸びてませんね……」
「そうだな。といっても、俺も大した出じゃないが……」
「だからですよ。鼬鼠家くらいですね。安定してるのは……」
「俺とアリスと、聖はもう少し苦労しそうだな……」
大地の溜息が聞こえてきそうである。
そう言う意味では鋭児は煌壮がそうなるだろうと思っているが、鋭児と煌壮では一年差しかない。そうなれば、どちらかが短命にならざるを得ないが、煌壮はもう少し身体を作らなければ駄目のだろうと鋭児は思う。だとすると早くとも来年。遅くとも彼女が三年になった時と考える。
自分の座位は、長くて三年というのが見えてくる。
「なんか勉強になります……」
「そうか?単なる愚痴だぞ?」
「いえ。俺、結局この学園の事なんて、知らないに等しいまま、ここまで来てしまったんで」
「はは。それで炎皇になってしまう君は、末恐ろしいよ」
藤は呆れて笑ってしまう。
そして、額に酷い傷を持ち、不良染みた鋭児が、意外なほど目上の人間に丁寧な言葉遣いを使う事に、関心もしている。
何しろ、焔のために、三年に盛大な喧嘩を売ったという噂だけが、一人歩きしていたからだ。
「大分手を焼いてそうだな……」
大地は再び話を煌壮の方へと戻すのだ。
「ええ……まぁ」
だが、鋭児の目尻は下がるのである。
「だが、何やかんやとその様子じゃ、お前の事を認めてはいるんじゃないか?」
大地は、バックミラー越しに、鋭児の膝上に身体を預けてスヤスヤと寝てしまっている煌壮を見てそう思うのである。
「そうですかね……焔サンのことは、尊敬してるみたいで、そっちの言うことは聞くみたいなんですが……」
「まぁ、一朝一夕にはいかんさ」
「はは。でも、コイツにはちゃんと返してやらないと……って思ってます」
「というと?」
「俺はコイツの大事な初戦を、自分の気持ちだけで、台無しにしてしまいましたからね……」
鋭児はそう言うと、煌壮の頭を撫でる。
あまりにも大人しく寝てしまっているものだから、ついついそうしてしまいたくなったのだ。
「なるほど……」
鋭児が、不知火家の小さなトーナメントに、飛び入りで参加した件は、大地も知っている。何故そうなったのかは、後にアリスから聞く事になるのだが、あの時の焔との特別マッチは、当然六皇である彼等も、録画で視聴もしている。
焔と互角の戦いを演じた黒野鋭児の戦いぶりはどうなのか?と、遡ってみて行くことになるが、そこには煌壮とのやり取りはない。
だから煌壮のデビュー戦を鋭児が潰したのだというのは、その流れで解ることだった。
「ただ、あの岩見とか言う奴との戦闘。先輩として言わせて貰うが、あの戦い方は危険だ。なぜ、あんな……蹴り技を?」
「ああ……」
鋭児はそう言うと、煌壮の頭を少し気持ちを込めて撫でる。
「あの岩見って人、戦闘中人格変わるらしくて……まぁ、普段からあんなんじゃないらしいんですが……。なんていうか、不知火の爺様が、なんで足りに船って感じで、俺をあのトーナメントに参加させてくれたのか?ってのも、多分あの試合をコイツにさせたくなかったんだろうなって……多分それは、コイツにも伝わってるとは思うんですが……」
「ふむ……」
「龍尾の鉄槌は、コイツの一番の技で、まぁ……そういうわけです」
「お前なぁ……」
大地は呆れてしまうのだ。あれでは鋭児の両腕が砕けかねないではないかと思ったのだ。
焔が次期炎皇と睨んでいる男の両腕が、あんな試合で壊れてしまっては、目も当てられない。
だが、それでも鋭児の腕は壊れていないし、彼は焔との約束を果たしている。
「確かに、やんちゃ姫の細腕じゃ一発で砕けるだろうな……」
「爺様の親心ですかね。俺の両腕より、コイツの両腕ですよ心配だったのは……」
「まぁ、日向焔が見込んだ男なら……とも思ったのだろうがな」
「そう思うようにしています」
それは鋭児の割り切りであり、以外にも楽天家なのだなと、大地は思うのである。
「まぁ実際は結構ギリギリで、葉草さんに治療してもらったんですけどね」
鋭児は、確かに無茶が過ぎたと、小さな思いだし笑いをするのだった。
「そうだろうな……」
大地は、唯々呆れてしまうばかりである。
「もう着きますよ」
それまで会話に入ってこなかった藤が、そう言う。
そして、焔のコテージの庭先に到着すると、まず大地が降りる。
「煌壮、着いたぞ」
「う……ん。おんぶ」
「やれやれ……」
鋭児はどうしようも無いと言いたかったが、おんぶの出来る状況ではないため、大地が煌壮を迎え入れるようして、彼女を背負うのである。
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