第2章 第1部 第2話
場面はそんな所に戻る。
「全く鋭児さんは!」
折角心を開いたと思えば、開きすぎだろうと文恵は文句を言う。
ただ、その横には、吹雪とアリス、そして美箏が居り、鋭児は自宅へと待避している。待避させたのは千霧であり、文恵に甘える焔ではあるが、流石にほとぼりが冷めるまで、鋭児の実家に避難することになる。
アリスと吹雪が美箏の家に居るのは、当に文恵の料理を学ぶためである。
文恵は元来こう言う姿勢が嫌いな人間ではない。そう言う意味では非常にお節介だが、その上が拗れたのが鋭児との関係である。
それに、二人に触発されて、美箏が家事を本格的に覚えようとしていることも、彼女にとっては好材料であった。
美箏も料理が出来ないわけではないし、素直で利口な美箏は、手の掛からない少女である。両親を助ける良い子である。
ただ、その分アリスのような図々しさがあるわけではなかった。
三人の娘が家を出て行くと、家には急に静かになる。
「やれやれ……」
そういったのは秋仁である。
「お食事ですよ。新聞は、閉じてくださいな」
言葉に弾みのある文恵が、お盆に乗せた料理を、テーブルに並べ始める。
「機嫌が……いいな」
思わずそんなことを言いたくなるほど、動作から言葉から、文恵のそれが隠しきれずににじみ出ている。
「そうですか?」
「いや、まぁお前は、本当に教えるのが好きなんだなって。まぁそういう熱心な所に、惚れたんだけど……な」
改めて彼女の良さを再確認した秋仁が、柄になく照れた様子を見せるのだ。
「そんなことをいっても、お小遣いは上がりませんよ」
などと、さらりと言われたものだから、思わず咥えていたタバコを噛み潰す勢いで、苦笑いをする秋仁であった。
「でさ、なんか五人で妙に纏まっちゃって。逆に俺が居づらくなっちゃってさ」
鋭児は、春休みでの自宅の様子を晃平に話すのだが、晃平から見れば、何に疲れているのかと、冷やかした笑いにしかならない。
「魔女先輩は、すっかり黒野チーム……か……」
「チームってなんだよ。そう言うお前は?」
鋭児も冷やかすようにして、晃平の左薬指を指すのである。
「あ?ああ。まぁ両家を行ったり来たり……かな」
「そっか」
鋭児の返事は妙に落ち着いているというか、気が抜けているというかそんな感じが、晃平から見て取れた。それで鋭児が誰かに負けるほど弱いとは思わないが、確かに彼は一つの目標を達成したことにより、現在特別にやりたいことなどないのだろう。
そう言う意味では、昨期の彼の一年は、張り詰めて激動の一年だったのかもしれない。
その締めくくりもまた、激動で終わった。
最愛の焔を失いかけたのだから、その安堵感も相まってのことだなのだろう。
「で、焔さんは?」
晃平が気になるもう一つを尋ねる。
「元気だよ。信じられねぇくらい。神村先生も、不知火の爺さんも不思議がってたよ」
「ふぅん……。まぁ何にせよ。よかったな」
そう言って晃平は鋭児の肩に、ぽんと、手を乗せて全てが順調だと言いたげに、我が事のように微笑むのである。
彼のこう言う部分が、F4の人望に繋がったのだろうし、何なら、F1に昇格した時点でも、彼の方が、人望があるくらいだ。
ただ、何かあったときに、鋭児が頼りになると思うのは、多くの意見である。
つまり、Fクラスは、晃平と鋭児で良いコンビということになっている。
ただ鋭児は、その中でも蛇草のことが気になっていた。彼女はあの事件以来、少し滅入ってしまっており、「大人としての自分」に可成り責任を感じてしまっい、合わせる視線も少し申し訳なさそうなのだ。
そう言う意味で、彼は近々、普段なら千霧に会いに行くために東雲家に運んでいた足を、蛇草の方へと向けようと思っているのである。
「お前、始業式終わったら、どうすんの?」
「ん?ああ、なんか鼬鼠さんが気合い入っててさ、闘技場の方へ来いってさ」
「ああ……」
そうなると、何かのデモンストレーションなのだろう。
鼬鼠は見た目とは反し、あまりパフォーマンスというものを好んではいない。だが、新学期で、何か一つ気合いの入るイベントが欲しかったのだ。
そして始業式が終わり、鋭児が闘技場へと向かうと、鼬鼠がすでに待ち構えていた。
二人とも制服姿で、新学期早々制服を一着駄目にしてしまうことは、十分に予想出来た。
「遅ぇ!」
苛立った鼬鼠の返事だが、鋭児はそれに対して薬と笑うだけだった。
「ヘラヘラしてんな。さっさとやるぞ!」
「はい」
鼬鼠が何故イライラしているのかは、解るし、彼が気合い十分というのも鋭児には理解出来る。だから可笑しかったのだ。
確かに、彼が皇座の譲渡のあり方に、不満を感じていることは確かだし、それが欲求不満になっていることは、間違いない事実だ。
だが、それは自分に足りないものがあることを十分自覚した上で、前に進もうとしている姿勢であるため、差ほど悪いものでは無いのだ。
彼がアグレッシブである証拠でもある。
だとすれば、鋭児の当面の目標は、鼬鼠に置いて行かれないようにすることだ。
彼の素戔嗚は、短時間ではあるが、確かにすごいものだった。
一方鼬鼠の方も、鋭児の鳳輪脚を十分に評価している。鼬鼠の目標は素戔嗚を使った状態で、必殺の一撃を見舞える十分な余力を残すことである。
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