第2章 陰陽の神子編

第2章 第1部

第2章 第1部 第1話

 鋭児達は二年になる。

 炎皇戦から一月以上経った頃だ。

 

 春休みをそれぞれの場所で過ごし、一学期を迎えるのだ。

 それはちょうど新入生を迎え入れる頃でもある。

 

 焔が以前使っていた部屋は、今の鋭児の部屋……のはずだが、焔の私物はそのままであり、鋭児もそのままで良いと思っている。

 というのも、鋭児が通学しているのは、その部屋からではないからだ。

 

 焔は炎皇から退いたが、炎皇であった事には変わりない。

 彼女は今、大学の敷地内に、自分の居を構えている。それはアリスの家から、程なく近い場所だ。

 当然吹雪も同じように居を構えている。

 鋭児は当面、焔の身体のケアも含め、今は焔と暮らしている。

 そうなると当然、吹雪もアリスも入り浸る事になるのだが、三人揃うと姦しいという言葉がある通り、兎に角賑やかなのだ。

 今は彼女たちが姉妹のように仲良くしている姿に慣れた鋭児だが、それでも騒々しさに、少々溜息をつきたくなる瞬間もある。

 

 焔の身体に関してだが、問題は無いとされている。その理由は全く分からない。解らない以上、尤も効果の高い治療法を選択せざるを得ず、鋭児がケアをしなければならない状態以前続いているのだ。


 鋭児は、バスに揺られ通学をする。四月に入って初の登校日となる。

 

 鋭児がクラスに着くと、FⅠクラスの者達が、挨拶似来る。

 それは特に畏まった挨拶ではなく、鋭児が炎皇として、不足のない存在だと認めたからこそ、彼等との壁が無くなったといったところだ。

 抑も、鋭児は入学当初から、F組の一位をとり続けており、実力は折り紙付きだ。そして、炎皇戦での、焔との大一番である。

 あの瞬間、鋭児は焔の技を防ぎきり、彼女に一撃を見舞った。鋭児の力が焔を上回った瞬間でもある。

 ただ、それでも焔が無事だったのは、八発もの双龍牙を防ぎきったため、技の余力が無かったからに過ぎない。つまり鋭児の技は、まだ完成されてはいなかったということだ。

 

 鋭児の髪の毛はというと、普段通りの深紅に戻っている。白髪であった状態は、彼の精気が戻ると同時に解消されることとなる。今は日常生活に、何の支障も無く過ごしている。

 「ふぁ……」

 鋭児は着席すると同時に欠伸をする。

 今までなら、寮からの通学であったため、眠ければ時間のギリギリまで睡眠を取ることが出来たが、少なくとも今は、此所へ到着するために、最低小一時間は、早く起きなくてはならない。

 でなければ、バスに間に合わなくなる。

 彼は弁当をぶら下げているが、それは吹雪が作ってくれたものである。

 「鋭児」

 彼を呼んだのは晃平である。

 「ああ……」

 「ああ……じゃないだろ?」

 友達が声を掛けているというのに、何とも気のない返事だと、晃平はクスリと笑う。だが、鋭児が元気そうで何よりだと、安心した表情をしている。

 「どうだった?春休み」

 「叔母さんに、メチャクチャ怒られた……」

 「黒野の、叔母さん……か」

 晃平はそれに若干の興味を持つ。確かに友人であるが、互いの家には行き来したことはない。晃平もそうだが、大体名のある家の出の者であれば、そういった周期的な時期に、実家へ戻る事を余儀なくされるのだ。

 焔や吹雪といった家を持たない者は、寮で過ごす事になるが、彼女たちの予定と言えば、年末年始ということになる。

 「で?お前、なんか悪いことしたの?」

 「悪いことっていうか……さ」

 

 鋭児は、こればかりは仕方が無いと思ったのだ。

 そして、そう言われてもどうしようもないと言われた。

 彼が怒られた理由の一つとしては、焔の件である。これに関しては焔も怒られたのだが、要するに彼女の心配をしていた文恵に対して、余り連絡を入れなかったことが挙げられる。

 そして、焔が鋭児との試合で倒れた事を、アリスが口を滑らせたことで、尚怒られる事となるのだ。

 そう、春休みの帰省には、焔だけではなく、アリスも、いや吹雪も当然着いて来ており、一日遅れて千霧が姿を現すという状況になり、それに加えて美箏である。

 要するに、鋭児が女性関係にだらしのない男だと言うことに、壮大な説教をされたのである。

 美箏は、直接鋭児に好意を持っていることに対して、母に告げたことなどないのだが、足繁く鋭児の家に通っているのだから、その好意など解らないはずがないのだ。

 文恵もまた、鋭児宅の売却の件に関して、決して心を痛めていた訳ではない。

 それだけの負担だったと言うことだ。

 よって、美箏がそれに対して、世話を焼くことを決して悪いことだとは思っていなかったし、十代の恋愛事情にあまり口を出す気にもなれなかったが、流石に節操のない鋭児に呆れてしまう始末なのである。

 「社交的になのはいいが、度が過ぎる」

 ということだった。

 

 焔は兎に角体調管理を怠らないようにという、まるで本当の母親の説教をされ、これは焔にとっては、何ともむず痒く、寧ろ楽しんでいるようだった。

 先代炎皇は、文恵の前では、十代の女子なのだ。

 

 ただ、千霧はフォローを入れる。

 それは、鋭児のハーレム状態の事を指しているわけでは無かったのだが、東雲家を通じて鋭児に振り込まれている、給金の話だ。

 一つは鋭児が、多額の契約金を受け取っていること。そして、仕事料として報酬を受け取っていること。それはすでに高校生では難しい、或いはプロスポーツ選手なみのと言って良い金額であることを説明し、書類にして文恵と秋仁に突き出すのだ。

 鋭児は一人の男子として立派に生計を立てていると言うことを言いたかったのだ。

 今回の鋭児の報酬の大半は、不知火家でのトーナメント、炎皇戦での報酬といった所で、その対価は、内容にもよる事だが、あれほどの死闘を繰り広げた焔と鋭児には、多くの報酬が払われということになる。

 

 界隈では、焔は鋭児との死闘により、命を落とし掛けた事になっている。

 そういう駆け引きを道楽として好む者達が、世の中には多く居ると言うことだ。学園の運営は、何も神聖な形で成り立っているわけではないのである。

 

 それでも、命あっての物種だというのが、文恵の最後の説教だった。

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